エリザベス女王一周忌 ~波乱万丈のイギリス王室とエリザベス女王~

ライターPOINT DE VUE JAPON 編集部
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9月7日、一周忌を迎えられたエリザベス女王陛下。あらためて哀悼の誠を読者と共に捧げます。その色褪せぬ数々の功績、多くの人々から支持された生き方をご紹介します。
今回はイギリス王室に起こった数々の波乱万丈な出来事と共にエリザベス女王を振り返ります。

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世界の王侯貴族の中でもひと際注目を集めているイギリス王室ですが、常に話題に事欠くことなく、数々の問題に直面してきました。
歴代国王最長在位の女王エリザベス2世の人生は、イギリス王国の波乱に満ちた問題ずくめの歴史と共に歩んでこられました。そのような中でも意欲的にご公務に邁進されているお姿は、驚きと尊敬の念を持たずにはいられません。

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過去を遡ってゆきますと英国王エドワード8世が米国のシンプソン夫人との恋を成就するため1936年末に退位し、弟が国王ジョージ6世となり長女のエリザベスに次期女王の運命が巡ってきました。第2次大戦中、ナチス・ドイツのロンドン大空襲が始まると英首相は国王にカナダ疎開を勧告。国王は拒み一家は英国内に留まり、14歳のエリザベスはラジオを通し可憐な声で国民を鼓舞しました。
1952年、国王の死去に伴い25歳で女王に戴冠。

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2世紀を跨ぐ女王の時代で最も悲しい思い出は、長男チャールズ皇太子がダイアナ妃と離婚。その後のダイアナ妃が1997年、交通事故で悲劇的な最期を迎えたことでした。12歳のヘンリー王子、15歳のウィリアム王子が健気に母の棺に従う姿に、全国民が涙を誘われました。
奇しくもエリザベス女王夫妻の結婚50周年の年でした。当時は、女王エリザベスⅡ世の対応に王室批判が高まり、ダイアナ元妃の死が王制を弱体化させているとまで言われました。しかしながら政治的中立を貫くエリザベス女王の姿勢には、君主としての凛としたものがあります。

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その後、成人となったウィリアム王子は学友のキャサリンと結婚、父のチャールズ皇太子もカミラ夫人と再婚。また、女王の最愛の孫といわれたヘンリー王子は「世界で最も待望される独身男性」とマスコミに呼ばれ、英国軍士官としてアフガニスタンに赴くと、危険度の高いヘリコプターの作戦任務につく姿がさかんに報道されました。
しかし、何かとスキャンダルな話題も多く女王は内心ハラハラされていました。しかし、ヘンリー王子の奔放なライフスタイルに一切口出しは控えていました。2018年ヘンリー王子の結婚、女王はやっと心の荷がおりたと安堵したところでした。

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2019年のクリスマスのスピーチでは、「道のりはいつもスムーズではなく、今年は非常にでこぼこだと感じる時もあったでしょう」と語りました。2019年7月イギリスは、EU離脱強硬派であるボリス・ジョンソンが首相となり、さらに12月中旬に行なわれた総選挙でジョンソン氏率いる保守党が圧勝したことを受けて、イギリスEU離脱が決定的となりました。英国がEUからの離脱を選択したのは、2016年6月23日の「国民投票」で示され、EUの主要メンバーである英国が離脱を選択したことは、世界に大きな衝撃を与えました。

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そして、エリザベス女王の第3子であるアンドリュー王子に、性的搾取を目的とする未成年者の人身取引を行なっていた大富豪の故ジェフリー・エプスタインとの交流があり、2001年に当時17歳だった女性と性的関係を持ったという疑惑が浮上しました。
その後に応じた英BBCのインタビューでは、その態度が問題となり、個人公務を控える事態となりました。そして、この問題で女王エリザベス2世の「引退説」も囁かれました。

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しかし、何といっても一番の女王の頭を悩ませたのは、ヘンリー王子の事だったでしょう。メーガン妃はヘンリー王子より年上、離婚歴のある女優でチャーミングな米国女性。マスコミは英王室に初の黒人の混血女性登場と大騒ぎしました。マスコミのフィーバーは高まるばかりで、そしてアーチーの誕生で人気は最高潮に。英メディアをプライバシー侵害や人種偏見で訴えたことなど、マスコミとの軋轢が生じました。

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