気品に満ちたクールビューティーな容姿と、圧倒的な実力でハリウッドの人気女優に登り詰めたことで有名なグレースケリーです。
グレースケリーは女優としてだけではなく、カンヌ国際映画祭で知り合ったモナコ大公レーニエ3世と結婚し、モナコ公国のプリンセスにもなりました。
この記事では、グレースケリーの娘・息子について・グレースケリーの女優時代・夫とのなれそめ・美しいと話題の孫たちについてご紹介します。
彼女たちの恋愛遍歴・スキャンダルは様々に語られているので、現在でも世界中の人に注目されています。
最後まで読んだら、今後のモナコ王室の動向に目が離せなくなるはずです。
グレースケリーに娘・息子はいるの?
Embed from Getty Imagesグレースケリーとモナコ大公レーニエ3世の間には、カロリーヌ・アルベール2世・ステファニーという3人の子供がいます。
3人共恋愛に奔放で結婚と離婚を繰り返したり、婚外恋愛の噂があったりします。非常にドラマチックな人生を歩んでいるのです。
3人の奔放な恋愛は、グレースケリーとレーニエ3世の影響だといわれています。
レーニエ3世は、妻グレースケリーと結婚するまでに数々の女性と浮名を流すプレイボーイでした。
ここでは、このようなグレースケリーの3人の子供についてご紹介します。
カロリーヌ・ド・モナコ
Embed from Getty Imagesカロリーヌ・ド・モナコは、1957年にグレースケリーの長女として生まれます。
彼女は、パリのソルボンヌ大学で語学や哲学を学び、フランス語・英語・スペイン語・ドイツ語・イタリア語も堪能な秀才なのです。
そのような彼女は、現在ユネスコ親善大使として、女性の地位向上のための活動も行っています。
母譲りの美貌を持ちながら、語学も堪能なことから、まさに才色兼備といえます。
彼女は3度の結婚やスキャンダルをパパラッチされることも多く、恋多き女性としても注目されています。後の章で詳しく解説します。
アルベール2世
アルベール2世はグレースケリーの長男として1953年に生まれます。現在では、父レーニエ3世の後を継いで、モナコ公国の公に即位しています。
モナコ公国における公とは、国家元首とされていて、アルベール2世はモナコで絶大な政治力を有しているのです。
そのような彼は、1977年にアメリカのアマースト大学で経済や政治などを学びつつ、スポーツにも力を注いでいました。
その証拠に、冬季オリンピックにボブスレー選手として出場したり、柔道は初段を持っていたりするのです。
彼も姉同様、スキャンダルをパパラッチされる事が多く、彼の恋愛・結婚遍歴は世界中から注目されています。
彼には、2人の婚外子がいて、婚外子と実の家族との不仲説・妻のシャルレーヌ公妃との不仲説・浮気・他にも婚外子がいるのでは?などと噂されています。
ステファニー・ド・モナコ
ステファニー・ド・モナコは、1965年にグレースケリーの次女として生まれます。
1982年の17歳のときに、母グレースケリーの運転する車に同乗し、転落事故に遭ってしまうのです。
この事故で、母グレースケリーは亡くなってしまいますが、ステファニーは一命を取りとめました。
退院後は、水着のブランドを立ち上げたり、音楽活動をしたりしていました。
1980年代には、様々な俳優やタレントの息子などとの熱愛・スキャンダルが報じられています。
1990年頃にモナコ公国の警備を務めていたダニエル・デュクリュエとの子供を授かり、1995年に結婚しますが、翌年に離婚してしまいました。
2003年にはサーカス団のアダン・ロペス・ペレスと再婚しますが、すぐに離婚してしまいます。
このように、ステファニー・ド・モナコも姉兄のように、結婚と離婚を繰り返しているのです。
グレースケリーの女優時代はどんなだった?
Embed from Getty Imagesグレースケリーは、同じ時期に人気があった明るくセクシーなマリリン・モンローとは対照的で、クールで気品のある美しさで一世を風靡しました。
もともとモデルをしながら、演技の勉強をしていましたが、20代のときに出演した舞台がきっかけでハリウッドデビューを果たします。
代表作に『真昼の決闘』『ダイヤルMを回せ』『裏窓』などがあり、1955年に『喝采』でアカデミー賞主演女優賞を受賞しました。
ここではこのようなグレースケリーの女優時代の活躍をご紹介します。
ハリウッド女優として活躍
Embed from Getty Imagesグレースケリーは高校を卒業後、両親の反対を押し切ってアメリカの演劇学校に入学します。
学生時代はモデルをしながら演技の勉強をし、1949年に出演した舞台『父』でブロードウェイデビューを果たすのです。
それがきっかけで、舞台出演中にハリウッドからオファーを受けて、1951年22歳でハリウッド映画デビューしました。
1952年には『真昼の決闘』というアメリカの西部劇の映画にゲイリー・クーパーの相手役として出演しています。
また、彼女はアルフレッド・ヒッチコック監督のお気に入りだったので、『ダイヤルMを廻せ』『裏窓』などの作品でヒロインを務めました。
このように、グレースケリーは22歳の頃に映画デビューを果たしてから、監督や作品に恵まれて、自身の魅力を発揮していったのです。
アカデミー主演女優賞を受賞
グレースケリーは、1954年に『モガンボ』でアカデミー賞助演女優賞、翌年1955年に『喝采』でアカデミー賞主演女優賞に輝いています。
22歳の映画デビューからわずか4年でアカデミー賞を受賞へと登り詰めました。
彼女の人並みならぬ美貌・運・実力によって成し遂げられたものなのです。
グレースケリーと夫とのなれそめは?
Embed from Getty Imagesグレースケリーは両親の反対を押し切って演技の世界へ飛び込み、数々の功績を残しました。
1950年代にハリウッドの人気女優となり、作品と監督に恵まれて、デビューからわずか4年でアカデミー賞を受賞という快挙を果たします。
ここまで女優業に力を注いできた彼女ですが、モナコ公レーニエ3世との出会いをきっかけに女優業を引退し、公女として王室に入ることを決めるのです。
ここではそのようなグレースケリーと夫レーニエ3世との出会いと馴れ初めや結婚生活などについて紹介します。
夫はレーニエ3世
Embed from Getty Imagesレーニエ3世からアメリカでのプロポーズを受け、公女になることを決意します。
そして彼女は公女になるため女優業からは引退し、慣れない環境でホームシックになりながらも一家を支え、公女としての仕事を務めました。
しかし、結婚生活は幸せなことばかりではなく、レーニエ3世の浮気が報じられたり、目まぐるしい公務に自分を見失ったりすることも多かったようです。
‟There is time like a storm in every marriage of course. Even if it isn’t so,there is time when it’s necessary to admit to pull and mistake one step”
どのような結婚にも、嵐のような時期があります。もしそうでなかったとしても、一歩引いて自分の間違いを認めることが必要なのです。
彼女はレーニエ3世との結婚生活についてこのような言葉を残しています。
自分を見失うことがありながらも、逆境にもめげず3人の母として、公女として公務やチャリティ活動に尽力しました。
具体的には、医療福祉制度の改革や文化芸術のサポートを行い、女優業だけでなくモナコでも偉大な功績を残していくのです。
カンヌ国際映画祭で知り合う
グレースケリーとレーニエ3世の出会いは、1955年のカンヌ国際映画祭でした。
‟If I’d met the prince two or three years earlier, perhaps I might not have married him – at least not so soon. But we came together at the right time”
もしレーニエ大公との出会いが2〜3年前だったら、私はおそらく彼とは結婚しなかったかもしれません。
少なくともこんなに早くはなかったはずです。私たちはここぞというタイミングで一緒になったのです。
彼女はレーニエ3世との出会いに対して、このような言葉を残しています。
この言葉どおり、グレースケリーとレーニエ3世の出会いは、彼らにとって非常にドラマチックな運命の出会いだったのかもしれません。
グレースケリーの孫たちが美しいと話題!
Embed from Getty Imagesグレースケリー本人もさることながら、彼女の孫たちも非常に美しいと世界中で話題になっているのです。
ここからは彼女のDNAを受け継ぐ11人の孫たちの中から、特に話題になっているシャルロット・アンドレア・カミーユの3人についてご紹介します。
シャルロット・カシラギ
シャルロット・カシラギは、グレースケリーの長女カロリーヌの娘です。
ソルボンヌ大学の哲学科を卒業し、フランス語・イタリア語・英語に精通する才女であり、GUCCIのイメージモデルにも就任しました。
2011年に交際していた俳優のガッド・エルマレとの間に長男を授かりましたが、結婚はせず2015年に破局しています。
2018年には次男を出産し、その後2019年にディミトリと結婚しました。
そのような彼女が特に注目されているのが、祖母や母から受け継いだ美貌と洗練されたファッションセンスです。
カンヌ国際映画祭や弟の結婚式など、公の場で姿を見せる際のファッションが美しいと話題になっています。
上品でありながら、お気に入りの花柄のワンピースを着こなし、多くの人を魅了しています。
彼女の気品がありながら、気取らない着こなしは私たちのお手本になる要素ばかりなので、目が離せません。
アンドレア・カシラギ
アンドレア・カシラギは、カロリーヌの長男であり、シャルロット・カシラギの兄です。
祖母グレースケリーから受け継いだ、端正な顔立ち・美しいブロンズで1999年にアメリカの週刊誌で「世界で最も美しい50人」に選ばれています。
2012年には、コロンビアの大富豪の令嬢であるタチアナ・サント・ドミンゴと結婚し、翌年には長男が誕生しました。
続いて2015年に長女、2018年に次男が誕生し、3人の子供を授かります。
世界で美しい50人に選ばれただけあって、彼が公の場に出ると、その姿は現在でも世界中から注目されているのです。
カミーユ・ゴットリーブ
カミーユ・ゴットリーブは、ステファニーと当時のモナコ王室の警備員ジャン・レイモン・ゴットリープとの間に生まれました。
彼女がインスタグラムで投稿した自身の写真が、「グレースケリーとそっくり!」「非常に美しい」とネット上で話題になっています。
美しいブロンドの長髪に、青く透き通った瞳は、まさに若い頃のグレースケリーそのものです。
しかし、華やかさとは裏腹に、両親の事情・王室への偏見・誹謗中傷から苦労が絶えませんでした。
また、彼女は王室関係者であることから「苦労を知らない」「甘やかされて育った」などと言われることが多いのです。
しかし、彼女はそのようなアンチに対して「とある企業で会社員として勤めながら、母の公務の手伝いやボランティア、動物愛護活動にも取り組んでいる」と自身も苦労や努力をしているのだと伝えています。
このようなアンチにもめげずに、自分のことを伝えられるのは素晴らしいことです。
グレースケリーから受け継いだ容姿の美しさだけではなく、彼女の芯の強さにも感心します。
グレースケリーの娘たちは母親に似ていないって本当?
Embed from Getty Imagesグレースケリーの娘たちは、母親に似ていないと言われていますが、実際はどうなのでしょうか。
昨今では、メディアによって母と子の容姿・ファッション・功績などが比べられてしまうので、そのような話題も出てくるのでしょう。
さらに、グレースケリーは人気女優ハリウッド女優でしたから、注目する人は大勢います。
大勢からグレースケリーの美貌と比較されて、様々なことを言われる子供たちは非常に気の毒です。
ネットで話題になっているのは、グレースケリーの長女カロリーヌがファッションデザイナーと歩いているところを撮影したものになります。
「いい年の取り方をしていない」「グレースケリーにちっとも似ていなくて可哀想」「タバコや日焼けのせい?シワがすごい」などと辛辣なコメントが寄せられています。
グレースケリーの娘カロリーヌ・ド・モナコは恋多き女性?
Embed from Getty Imagesモナコの王室関係者は皆そうですが、特にグレースケリーの長女であるカロリーヌ・ド・モナコは、恋多き女性として知られています。
最初の結婚は、1978年で彼女が21歳の頃です。周囲の反対を押し切り、フランスの銀行員であるフィリップ・ジュノー氏と1度目の結婚をします。
当時彼女は21歳、フィリップ氏は38歳という17歳差の結婚でした。しかし、実はこの結婚の2年後の1980年に離婚してしまうのです。
2度目は、1983年にイタリアの実業家でありモーターボート選手のステファノ・カシラギ氏と結婚し、3人の子供を授かります。
しかし、元夫ステファノ・カシラギ氏は競技引退の矢先、ボートレースの事故によって30歳で亡くなってしまいました。
3度目は、1999年にドイツのハノーファー家当主であるエルンスト・アウグスト5世との結婚です。
この結婚をした年に生まれた娘のアレクサンドラは、現在フィギュアスケート選手として活躍しています。
このように、彼女は結婚・恋愛などのスキャンダルをパパラッチされることも多く、自由な恋愛を楽しみながらも波瀾万丈な人生を送ってきたのです。
エルメスのケリーバッグの名前の由来となった出来事とは
高級ブランドのエルメスで人気のバッグといえば「ケリー」と「バーキン」がありますが、ここでは「ケリー」という名前の由来について紹介します。
なんとこの「ケリー」というバッグは、グレースケリーにちなんでそう呼ばれているのです。
その由来となった出来事とは、ケリーがカメラを向けられた際に妊娠中のお腹をとっさにこのバッグで隠したことでした。
このバッグは販売当初「サック・ア・クロア」という商品名で売られていました。
しかし、このエピソードがあって、このときの写真が雑誌に掲載され認知度が一気に広まり、「ケリーバック」と言われるようになったのです。
王室について詳しく知りたいなら
モナコ公国の王室は、世界中から何かと注目されています。スキャンダルが多いというイメージがある人もいるかもしれません。
しかしながら、アカデミー賞を取ったグレースケリーやモナコの経済基盤の建て直しを行ったレーニエ3世らは、世界に大きな影響を及ぼしています。
モナコ公国にはグレースケリーはもちろん、アルベール2世やカロリーヌを始め、個性的でさまざまな経歴を持つ方が多くいらっしゃいます。
さらにモナコ公国の王室について知りたいなら、ぜひ王室メディアで紹介されている記事を読んでみてください。