モナコ公国はフランスの南東部にある地中海に面した国です。バチカン市国に続いて世界で2番目に国土の狭い国といわれます。
モナコ公国はフランスやイタリアからのアクセスが良く、治安が比較的良い国ともいわれることから、観光地としても有名になります。
そのようなモナコ公国の大公であるアルベール2世は、グレース・ケリーの息子として有名です。
また、週刊誌やネットニュースでは、彼のスキャンダルが報道され、ゴシップネタも数多く取り上げられています。
今回この記事では、そのようなアルベール2世の人物像・兄弟や家族・モナコ公室の公位継承順位・話題になった来日についてご紹介します。
最後まで読んで、モナコ公国の王室について詳しくなりましょう。
アルベール2世は二人いる?
Embed from Getty Imagesアルベール2世という名前の国王は、モナコの現大公のことかと思いきや、ベルギーの元国王も同じ名前なのです。
なお、ベルギー元国王は2013年にすでに退位しています。
この章では、2人のアルベール2世について解説します。彼らはどのような経歴や生い立ちがあるのでしょうか。詳しく見ていきましょう。
モナコ公国の大公
初めに紹介するアルベール2世は、現在のモナコ公国の大公になります。
アルベール2世の父はレーニエ3世で、彼の母は、非常に有名な人気ハリウッド女優のグレース・ケリーです。
彼はアメリカのアマースト大学で政治・経済・音楽・英文学を学んだ秀才で、スポーツも万能なことで知られています。
冬季オリンピックにボブスレー選手として出場したり、柔道にも精通していて初段を持っていたりします。
また、国家元首として初めてロシア人やイギリス人ら7人とともに、犬ぞりで北極点に到達したり、地球温暖化調査のためにわざわざ南極点へ調査に行ったりしました。
2011年には南アフリカ共和国出身のシャルレーヌ妃と結婚し、二人の子供を授かります。子供は男女の双子で、姉ガブリエラ妃・弟ジャック公子と名付けられました。
モナコ大公アルベール2世は、スキャンダルがパパラッチされることも多いです。
結婚前はプレイボーイだったこと・婚外子がいること・10億円以上の資産を有していることなどが、ゴシップのネタにされることがあります。
しかし、彼は美人な奥様と可愛い子供に囲まれて、非常に幸せな暮らしをしていることでしょう。
ベルギーの元国王
次に紹介するアルベール2世は、2013年に退位したベルギー元国王になります。
現在のベルギーの国王は、アルベール2世の息子であるフィリップが即位しています。
アルベール2世は、幼少期に大切な母の死と、第二次世界大戦を経験しており、非常に波乱万丈な人生を歩んできたのです。
第二次世界大戦はアルベール2世が5〜10歳頃に勃発し、この戦争のために一家はドイツへ移送されたり、スイスへの亡命を余儀なくされたりしました。
その後、ベルギーの国王になったのは兄の心不全による死去がきっかけです。
兄には子供がいなかったので、弟であるアルベール2世がベルギー国王になりました。
2013年には、高齢や健康上の理由で退位する旨を発表し、息子であるフィリップが即位します。
しかし、退位の理由はこれだけではなく、金銭の無駄遣い・相続税逃れ疑惑が浮上したことで、この不信感から逃れるためだともいわれています。
また、退位の1ヶ月前にはアルベール2世の隠し子を自称する女性が裁判を起こしたことも関係があるようです。
このように、元ベルギー国王のアルベール2世は波乱万丈な幼少期を送り、スキャンダルが報道されながらも国王の仕事を全うしたのです。
モナコ大公アルベール2世とは
Embed from Getty Imagesここまで、モナコ公国の大公・ベルギー元国王の2人のアルベール2世の生い立ちを解説しました。
それぞれの経歴・功績・ゴシップについて知ることができました。
ここからは、モナコ公国の大公であるアルベール2世について詳しく掘り下げていきます。
彼の両親である父レーニエ3世・母グレース・ケリーはどのような人物だったのかをメインに解説していきます。
父はレーニエ3世
Embed from Getty Imagesアルベール2世の父は、元大公であるレーニエ3世になります。
レーニエ3世が大公になる前は、軍人として第二次世界大戦ではフランス軍に従軍していました。
彼は父ピエール・ド・ポリニャックの死をきっかけに、モナコ公国の大公に即位します。
その後、カンヌ国際映画祭で人気ハリウッド女優のグレース・ケリーと出会い、1956年に結婚します。同年にモナコ公宮殿で結婚式が行われ、世界中から注目されました。
結婚後は3人の子供に恵まれ、大公としては憲法改革・経済基盤の建て直しなどの功績を残しています。
趣味は車で、自動車博物館を所有したり、モナコグランプリでオープンカーに乗ってパレード走行を行ったりしていました。
晩年は、2004年から入退院を繰り返し、翌年には腎不全・心不全で人工呼吸の状態になり、その後肺感染症に罹り亡くなります。
母は女優のグレース・ケリー
Embed from Getty Imagesアルベール2世の母グレース・ケリーは、人気ハリウッド女優であり、デビューからなんとたった4年でアカデミー賞主演女優賞を獲得しました。
アルベール3世とは前述の通り、カンヌ国際映画祭で出会い、1956年に結婚を発表します。
結婚後は、女優業を引退し、公女として病院を設立したり、バレエ学校を支援したりするなど様々な功績を残しました。
1982年、当時グレース・ケリーは52歳という若さで亡くなってしまいます。彼女の死亡の原因となったのが、自らが運転していた車での転落事故です。
運転していた車の中で脳梗塞を起こし、そのまま急カーブのところでガードレールに激突し、道路横の40メートル程の崖に転落してしまいます。
事故後すぐに救急搬送されましたが、回復しないまま翌日に亡くなってしまうのです。
あまりに急な出来事に、モナコ公国からの公式声明がありながらも、誤解や憶測を招いてしまいました。
グレース・ケリーの死の真相への疑念は、未だに強く残っています。
経歴

ここでは、前述で紹介したアルベール2世の経歴・生い立ちをより詳しく解説します。
レーニエ3世は、モナコ公レーニエ3世とアメリカのハリウッド女優グレース・ケリーの長男として生まれます。
1981年にアメリカのアマースト大学卒業後、フランス海軍を経験しました。
1982年9月に母グレース・ケリーが運転する自転車が転落した事故で亡くなってしまいます。
彼は、秀才なだけでなくスポーツマンとしても知られ、1986年からボブスレー競技を始め、選手として冬季オリンピックに5回出場しています。
また、1988年にカルガリーオリンピックで25位、1992年アルベールビルオリンピックで27位に入賞しました。
他にも、1994年リレハンメル、’1998年長野、2002年ソルトレークシティオリンピックにも出場しています。
また、選手だけではなく1985年より国際オリンピック委員を務め、1994年にはモナコ・オリンピック委員会会長に就任します。
2005年4月には父レーニエ3世の死去に伴い、モナコ公国大公に即位しました。
また、翌年4月には国家元首として初めて、イギリス人・ロシア人ら7人と犬ぞりで北極点に到達しました。
そして、2011年7月に南アフリカ共和国出身の元水泳選手シャルレーヌ・ウィットストックと結婚し、2人の子供に恵まれます。
アルベール2世の兄弟
Embed from Getty Imagesアルベール2世には、姉カロリーヌ公女と妹ステファニー公女がいます。ここでは、アルベール2世の姉と妹について解説します。
姉のカロリーヌ公女
Embed from Getty Imagesアルベール2世の姉カロリーヌ公女は、元大公の姉なので公位継承順位3位になります。
彼女はソルボンヌ大学で語学や哲学を学び、複数の言語を操る秀才です。
現在はユネスコの親善大使として、女性の地位向上のために尽力しています。
カロリーヌ公女は母グレース・ケリー譲りの美貌を持ちながら、語学も堪能な才色兼備です。
彼女は3度の結婚を繰り返しているので、恋多き女性としても注目されています。
妹のステファニー公女
Embed from Getty Imagesアルベール2世の妹ステファニー公女は、17歳のときに、母グレースケリーの運転する車に同乗し、転落事故に遭ってしまいます。
この事故で、母グレースケリーは亡くなってしまいますが、ステファニーは一命を取りとめました。
他に、彼女は水着のブランドを立ち上げたり、歌手活動をしたり、1980年代には俳優の息子などとの熱愛・スキャンダルが報じられていたりします。
このように、妹のステファニー公女は、兄アルベール2世・姉カロリーヌ公女などとともにスキャンダルの多いイメージを持たれているのです。
アルベール2世の家族
Embed from Getty Imagesアルベール2世の家族には、妻のシャルレーヌ妃と、ガブリエラ公女とジャック公子という双子の姉弟がいます。
妻のシャルレーヌ妃は南アフリカ共和国の出身で元水泳選手なのですが、その容姿が非常に美しいと話題です。
双子のガブリエラ妃とジャック公子は、2014年にプリンス・グレース病院で生まれ、モナコ大聖堂で洗礼を受けています。
二人とも天使のように可愛らしく、二人並んで写真に映る姿が話題になっていました。
この章では、このようなアルベール2世の家族についてご紹介します。
シャルレーヌ妃
Embed from Getty Imagesモナコ公国の妃、シャルレーヌ・ド・モナコはアルベール2世の妻です。
彼女は南アフリカ共和国出身で、元々の名前はシャーリーン・リネット・ウィットストックといいます。
また、彼女は元水泳選手でスポーツも万能な上、非常に美しい容姿とファッションがメディアでよく取り上げられています。
ガブリエラ公女
Embed from Getty Imagesガブリエラ公女は、アルベール2世とシャルレーヌ妃の間に双子の姉として生まれます。
ガブリエラ公女がジャック公子よりも2分早く生まれたので、彼女が姉、ジャック公子が弟です。
しかし、モナコ公国の王位継承順位は男子が優先なので、ガブリエラ公女は2位となっています。
モナコで行われるイベント等に参加した姿がメディアに取り上げられ、美しすぎる双子として世界中で話題になっていました。
くっつきあったり、手を繋いだり、二人でじゃれ合う姿は多くの人の心を和ませています。
ジャック公子
Embed from Getty Imagesジャック公子は、ガブリエラ公女の双子の弟で、モナコ公国の王位継承順位は現在彼が1位です。
ガブリエラ公女とは、一般の子どもたちも通うパブリックスクールに一緒に通っています。
キュートな二人の、今後の成長を楽しみにしたいですね。
モナコ公室の公位継承順位は?
ここでは、モナコ公室の王位継承順位を1〜5位までまとめます。
モナコ公国では、「先に生まれた」「男性」の王位継承順位が高くなる仕組みになっています。
また、ヨーロッパの古くからの伝統では双子の場合、「後に生まれた方」の王位継承順位が優先になるようです。
このような決まりがあるので、1位は双子の弟であるジャック公子、2位は双子の姉であるガブリエラ公女になります。
3位は大公アルベール3世の姉であるカロリーヌで、4位はカロリーヌの息子であるアンドレア、5位はアンドレアの息子アレクサンドルになります。
アルベール2世の来日が話題に
2019年にアルベール2世とその家族の来日が非常に話題になっていました。
アルベール2世は、妻のシャルレーヌ妃と双子であるガブリエラ妃とジャック公子を連れて12日間という長い期間、日本に滞在しています。
アルベール2世は、他の用事もあったようですが、子どもたちは、ラグビーワールドカップの観戦・香川県の学校訪問・上野の森美術館・水族館・レゴランド・東京ディズニーランドなど様々な場所へ訪れました。
ガブリエラ妃とジャック公子も、この長期間の滞在で日本が大好きになったそうですよ。
アルベール2世一家は世界でも人気のロイヤルファミリー
Embed from Getty Imagesアルベール2世一家は、有名な先祖・人柄・容姿・振る舞いなど、多くの魅力があり、世界的に人気のあるロイヤルファミリーです。
他にも、アルベール2世はスキャンダルが話題になることもあり、色々な意味で目が離せない一家といわれています。
その上、一家はモナコで行われたクリスマスイベントで、子供たちにプレゼントを配り、人々を喜ばせました。
このように、アルベール2世ら一家はモナコの国民からも多くの支持を得ているのです。
これからのアルベール2世ら一家の動向から目が離せません。
世界の王室をもっと詳しく知りたいときは…
モナコ公国の王室は、世界中から何かと注目されています。ゴシップネタ・スキャンダルが多いというイメージがある人もいるかもしれません。
しかしながら、レーニエ3世の母グレース・ケリーやモナコの経済基盤の建て直しを行った父レーニエ3世らは、世界に大きな影響を及ぼしています。
モナコ公国にはグレースケリーはもちろん、シャルレーヌ妃を始め、個性的でさまざまな経歴を持つ方が多くいらっしゃいます。
また、モナコ王室の親子・兄弟・姉妹らは皆、グレース・ケリーの血をひいているので、美男美女ばかりです。
その容姿だけでなく、洗練されたファッションセンスがメディアでよく取り上げられています。
もっとモナコ公国の王室について知りたいなら、ぜひ当メディアで紹介されている記事を読んでみてください。