ノルウェーといえば、山並みが海に沈む壮大なフィヨルド・夜空に広がるオーロラ・新鮮なサーモンなどで有名です。
またノルウェーは、その手厚い福祉政策やジェンダー・ギャップ指数で1位になるなど、女性の活躍しやすい国としても知られています。
そのような国を統治するノルウェー王室について今回は、王室メンバー・歴史・家系図・日本との関係性などについてまとめました。
ぜひ最後まで読んでいただき、ノルウェーについて深く知っていただければ幸いです。
ノルウェー国王のプロフィール
Embed from Getty Images現在のノルウェー国王はハラルド5世です。ハラルド5世は1937年に当時のオーラヴ王太子の第3子として生まれます。
第二次世界大戦中はドイツ軍の侵攻を受け、1945年の終戦までアメリカにて亡命生活を送ります。
その後は陸軍士官学校へ進学しますが、在学中に祖父王の死去によって20歳で王太子になりました。
そのような経歴を持つハラルド5世ですが、実は運動神経が高く、オリンピック出場経験のある国王としても有名です。
ハラルド5世はヨット競技の選手として知られており、1964年の東京オリンピックを含め、3度もオリンピック出場を経験しています。
ハラルド5世はヨーロッパで最も裕福な王族の1人である
ハラルド5世はヨーロッパで最も裕福な国王の1人としても知られています。
推定純資産額は3,000万ドルで、ヨーロッパで最も裕福な王族トップ10入りするほどです。
なお上位の王族にはデンマークのマルグレーテ2世(約4,000万ドル)、リヒテンシュタインのハンス2世公爵(約50億ドル)などが挙げられます。
ノルウェーの歴史
ここではノルウェーの歴史について、主に各国との連合関係を中心に解説していきます。
デンマーク・ノルウェー連合
中世初期のノルウェーは独立国家として存在していましたが、王位継承をかけた内戦や黒死病などにより14世紀には王家が途絶えてしまいました。
その後は近隣国家であるデンマークの支配下に置かれ、1536年にデンマーク・ノルウェー連合が成立し、近代までデンマークの支配下に置かれます。
スウェーデン・ノルウェー連合
19世紀半ば、ナポレオン戦争を受けてノルウェーはスウェーデンに割譲されました。
このとき一時は独立を宣言したものの、軍事的圧力によりスウェーデン・ノルウェー連合が成立することになります。
同連合は「同君連合」といわれ、スウェーデンの国王が両国の国王を兼任する形で統治されました。
しかしノルウェー国内では徐々に独立の声が高まり、1905年には再び独立を果たしました。そしてホーコン7世が初代国王に即位します。
ノルウェー王室の家系図を解説
Embed from Getty Imagesノルウェー王室は、今から1000年以上前の9世紀に創設されました。当時はヴァイキング時代であり、王国は地方の権力が複雑に絡み合う形で形成されていました。
そのようなノルウェーを9世紀後半に初めて統一した人物はハーラル1世とされています。ノルウェー王室はこの時期から現代まで続く、歴史ある王室です。
また、ハーラル1世の曾孫であるオーラヴ1世は10世紀後半から11世紀前半にかけてノルウェーを支配し、キリスト教化政策を進めています。
20世紀初頭、ノルウェーはスウェーデン・ノルウェー連合からの独立を果たし、新しい王朝が創設されました。
ホーコン7世は、この新しい王朝の国王となります。その孫であるハラルド5世が現国王となっており、その家系は現在まで続いています。
ノルウェー王室の主要メンバー
Embed from Getty Imagesここからはノルウェー王室を構成する主要メンバーについて解説します。
ハラルド5世
Embed from Getty Imagesノルウェー国王ハラルド5世は現在の国王であり、1991年に即位しました。
ハラルド5世は王位継承権を持つ人物の中で最も若い年齢で王位を継承した国王として知られています。
1968年には民間人のソニア・ハラルドセンと結婚し、2人の間にはマッタ・ルイーセ王女とホーコン王太子が生まれました。
ソニア王妃
Embed from Getty Imagesソニア王妃は、ハラルド5世の妻です。民間人が王室に加わることは初めてだったことから、日本の皇室の対応を参考に婚約が進められたようです。
1991年にハラルド5世が即位すると「王妃」の称号を得ました。
ソニア王妃国際音楽コンクールの創設・美術館の建立など、芸術への理解も深い王妃として知られています。
アストリッド王女
Embed from Getty Imagesアストリッド王女はハラルド5世の姉に当たる王族です。ハラルド5世と同様、第二次世界大戦中はアメリカで亡命生活を送ります。
アストリッド王女のエピソードの中でも有名なのが、民間人であるヨハン・マルティン・フェルネルとの婚約です。
ヨハン氏には離婚歴がありました。そのため二人の結婚式は多くの国会議員から参列を拒否されたほか、王女からは多くの特権が取り上げられました。
ホーコン王太子
Embed from Getty Imagesハラルド5世の長男であるホーコン王太子は、将来的にノルウェー国王になる可能性が最も高い人物です。
ホーコン王太子は、2001年にメッテ=マリット・ティエムスと結婚し、イングリッド・アレクサンドラ王女とスヴェレ王子が生まれています。
交際当時、相手がシングル・マザーであることや息子の父親に当たる人物が麻薬中毒者であることが暴露され、王室の支持率が急落しました。
しかし婚約時の会見で過去の不祥事を真摯に謝罪したことや国王夫妻の協力もあり、結婚式はノルウェー国民に祝福される形となりました。
なおメッテ=マリットの連れ子であるマリウスには血縁関係がないため、王位継承権はありません。
イングリッド・アレクサンドラ王女
Embed from Getty Imagesホーコン王太子の長女であるイングリッド・アレクサンドラ王女は2004年に生まれました。
1990年の憲法改正を受けて男女関係なく王位継承が認められたことから、将来的にはホーコン王太子の跡を継いでノルウェー女王になる可能性があります。
学業に励んでおり、2014年からはインターナショナルスクールに通っています。
スヴェレ王子
Embed from Getty Imagesスヴェレ王子は2005年に生まれました。王位継承順位はイングリッド・アレクサンドラ王女に劣後します。
2020年には14歳の堅信式が執り行われ、王族の子息として順調に成長しているようです。
将来的にノルウェー王室を代表する存在として、公式行事や慈善活動などに積極的に参加することが期待されています。
ヒトラーに屈しなかったノルウェー国王とは?
Embed from Getty Images第二次世界大戦当時、その後のノルウェーの方向性を決定づけた国王がいました。それはホーコン7世です。
以下、ホーコン7世について当時の状況も含めて解説していきます。
ホーコン7世
Embed from Getty Images1940年にナチス・ドイツによるノルウェー占領を受け、ノルウェー国王のホーコン7世はやむなくイギリスへと亡命しました。
その後も亡命先のロンドンでノルウェー亡命政府を設立し、ラジオや新聞で現地ノルウェー国民を鼓舞し続けます。
約5年に及ぶ抵抗運動を続けた結果、1945年にドイツ軍の降伏に至りました。ホーコン7世の勇気ある行動は現在でも多くのノルウェー人から敬意を集めています。
映画化もされている
ホーコン7世の勇敢な行動は、映画『ヒトラーに屈しなかった国王』として映画化されています。
この映画は、第二次世界大戦中にノルウェー王室が直面した危機的状況を描いた作品であり、2017年に公開されました。
エリック・ポッぺ監督が3年ものリサーチを経て制作したこの映画は多くの国で上映され、高い評価を受けています。
日本はノルウェー王室との関係性が深い?
日本とノルウェーには深い関係があります。1905年にノルウェーが独立した同年、日本はノルウェーとの国交を樹立しました。
そのため1998年にはハラルド5世と王妃が国賓として訪日しているほか、国交樹立100周年にあたる2005年には天皇両陛下がノルウェーを公式訪問されました。
また、両国関係の中心となったのは貿易と投資です。エネルギー分野やテクノロジー分野まで、2国間の連携を深めています。
近年では両国が協力して二酸化炭素排出削減・人口高齢化・持続可能性など、世界的な課題への取り組みも進めています。
世界の王室についてもっと知りたいと考えている方は

今回はノルウェー国王について詳しく解説しました。
王室の起源は1,000年以上前に遡り、非常に深い歴史と伝統があります。
また、2つの連合国時代で属領となっていたことや、第二次世界大戦中のナチス・ドイツと闘ったホーコン7世についても解説しました。
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私たちの知らなかった歴史や日本との意外な関係にも気づきがあるかもしれません。