
秋篠宮家といえば、天皇陛下の皇太弟(こうたいてい)である礼宮(あやのみや)様が川嶋紀子(かわしまきこ)さんと結婚されて創設された宮家です。
何かと話題に上がる秋篠宮家は、度々メディアに取り上げられることから、世間の関心が高いご家族でもあります。
そのような秋篠宮家の家族構成や、どのような活動をされているのかなど気になるところです。
秋篠宮家について歴史も交え詳しくご紹介していきましょう。
秋篠宮家を詳しく知りたい!
秋篠宮家は日本の皇族の1つで、現在の天皇陛下の弟にあたる秋篠宮文仁親王(あきしののみやふみひとしんのう)が当主を務める宮家です。
秋篠宮文仁親王は皇族の直系家となり、現在は皇位継承順位は一位となっています。将来は秋篠宮文仁親王が天皇になる可能性が高いことから、様々な注目を集めています。
そのような秋篠宮家はどのように誕生し、どのような活動をされているのでしょうか?まずは秋篠宮家の歴史から紐解いていきましょう。
秋篠宮家の歴史
秋篠宮家は宮家の中で一番新しく創設されました。
直宮家(じきみやけ)ですが、秋篠宮家以外にも常陸宮家や三笠宮家も直宮家として名を連ねています。
直宮家とは宮家の中でも歴代の天皇と血縁関係にあり、皇子や皇兄弟が設立した宮家です。
現在宮家は4つしか存在せず、そのうちの筆頭直宮家が秋篠宮家となります。
そのような秋篠宮家はどのように創設されたのか詳しくご紹介していきましょう。
礼宮文仁親王のご結婚により創設
秋篠宮家が創設されたのは1990年6月29日です。礼宮様が川嶋紀子さんと結婚されたことがきっかけで秋篠宮家が誕生しています。
お2人の結婚は大々的に世間でもお祝いされました。もちろん皇室内でも大型の式典が行われています。
礼宮様は将来、天皇陛下になる可能性のある方ですので、当然皇后陛下になる可能性のある川嶋紀子さんにも注目が集まりました。
大変可愛らしく初々しいお姫様の誕生に日本中が湧きたちました。そのお2人が秋篠宮家となり、その後も多くの注目を集めていくことになります。
平成の御代に誕生した唯一の宮家
Embed from Getty Images先にも書きましたように、秋篠宮家は1990年のご結婚を機に宮家として創設されています。1990年と言えば平成2年です。
それ以降新しく宮家は誕生しておらず、平成に唯一誕生した宮家となりました。皇位継承順位一位なこともあり、その言動が注目され続けています。
秋篠宮家は現在も皇嗣として皇室の新しいイメージを示しています。
皇位継承権を持つ男子がいる宮家
秋篠宮家が注目されている一番の理由は皇位継承権を持つ男の子がいる宮家だからでしょう。
実は秋篠宮文仁親王が生まれて以来、皇室には男の子が誕生していませんでした。そして41年ぶりに誕生したのが秋篠宮文仁親王の息子である悠仁親王です。
世間では皇室の血が途絶えてしまうのではないかと、大変に懸念していました。そのような中で悠仁親王が生まれ、皇位継承順位二位となりました。
皇室が男の子を待望していたのには理由があります。皇位継承権は日本国憲法第2条で定められており、「皇位は、皇統に属する男系の男子たる皇族が、これを継承する」と記されています。
つまり天皇に即位できるのは、直系の男系男子と決まっているのです。女性はもちろんのこと、直系ではない男性も天皇に即位することは出来ません。
そのため、今までは皇位継承順位一位の秋篠宮文仁親王の次は、現在の上皇明人様の弟である常陸宮正仁親王が皇位継承順位二位となっていました。
そして皇位継承できるのは、当時はそのお2人だけだったのです。41年ぶりに悠仁親王が生まれ、これで皇室の歴史は続いていくと日本中が喜んでいます。
宮号にはさまざまな候補が…
宮号とは日本の皇室が使用する尊称ですが、秋篠宮家が誕生する際に、この尊称にはさまざまな候補が上がっていました。
例えば「常陸宮」は昔、茨城県にあった常陸国が由来で、国守に命じた親王任国(しんのうにんごく)であったことから付けられています。
親王任国には他に「上総国」や「上野国」もあったことから、これを宮号にしようという動きもありました。
なおこの「秋篠宮」ですが、和歌では歌枕として有名な奈良市にある地名「秋篠(あきしの)」からきています。
秋篠宮という尊称になったことで奈良市の秋篠は一躍有名となり、観光客が訪れています。
同地にある秋篠寺に祀られている「技芸天像」がお妃になられた川嶋紀子さんに似ていると話題になったこともありました。
秋篠宮家の家系図
秋篠宮家は秋篠宮文仁親王が当主です。奥様の文仁親王妃紀子様を始め3人のお子様に恵まれました。
秋篠宮文仁親王は、父親の上皇明人様、母親の上皇后美智子様の間に次男として生まれています。兄は今上天皇徳仁陛下、妹は黒田清子さんで、結婚して皇室を離れられました。
秋篠宮家の構成
ここからは秋篠宮家のご家族についてご紹介していきましょう。まずは秋篠宮文仁親王の奥様は文仁親王妃紀子様です。
そして、現在は結婚された長女の小室眞子さん・次女の佳子内親王・長男の悠仁親王と誕生されています。眞子様と佳子内親王は3歳の年齢の差で、佳子内親王と悠仁親王は12歳も年齢が離れています。
では、お1人ずつ詳しくご紹介いたしましょう。
皇嗣・文仁親王殿下
Embed from Getty Images1965年11月30日に文仁親王は、当時はまだ皇太子だった明仁親王と美智子さんとの間に次男として生まれました。幼少時は「礼宮」の称号で呼ばれています。
大変活発な男の子で、テニスなどさまざまなスポーツに取り組んでおられます。実は妹である黒田清子さんの夫の黒田慶樹さんとは幼少のころからのご学友でした。
学習院大学法学部政治学科に入学された文仁親王は、この頃にサークル活動を通じて川嶋紀子さんと出会い、交際を始められています。
学生時代の文仁親王は、家禽類や鳥類などさまざまな生き物を研究されておられました。
卒業後はオックスフォード大学セント・ジョンズ・カレッジ大学院動物学科に2年間留学、主に魚類を研究されていました。
その後、1990年に川嶋紀子さんと結婚されましたが、前年に開かれた皇室会議では満場一致で結婚が承認され直ぐに結婚内定が発表されています。
この頃から注目を浴びていたお2人は、さまざまな方々に祝福されました。結婚後はお2人で主に東南アジアにご公務で訪問されています。
1991年には長女の眞子さん、1994年には次女の佳子内親王がお生まれになりました。
ご公務の傍ら大学時代からの研究も続けられており、1996年にはニワトリの遺伝子解析が評価され、総合研究大学院大学より論文博士(理学)の学位授与を受けています。
2006年には長男である悠仁親王が生まれ、皇位継承が続くと大変話題になりました。
2019年には今上天皇である徳仁陛下が即位されたことを受け、秋篠宮文仁親王は皇位継承順位一位となりました。
現在も皇嗣としてさまざまな公務を積極的に行っておられます。
文仁親王妃紀子殿下
Embed from Getty Images文仁親王妃紀子殿下は1966年9月11日に、現在学習院大学名誉教授の川嶋辰彦さんと和代さんの間に長女として誕生しました。
幼少のころは父親の留学に家族で付いて行き、6歳までアメリカペンシルベニア州で生活されていました。
1973年に父親が学習院大学助教授に就任、それを機に一家で日本に帰国されています。
しかし1976年に父親がオーストリアにある国際応用システム分析研究所の主任研究員として招かれたため、川嶋家はまた家族全員で渡りました。
ここで2年間を過ごされた紀子殿下は英語だけでなくドイツ語も習得されています。1979年に帰国された紀子殿下は学習院女子中等科へ編入、大学まで進学されました。
紀子殿下は学習院大学文学部心理学科に進学された直後に文仁親王と出会い、交際を始められています。
紀子殿下は手話サークルやボランティア活動も積極的に行い、障がい者に寄り添ってこられました。1990年に結婚されてからも、福祉活動に力を入れておられます。
翌年の1991年には眞子内親王をご出産、1994年には佳子内親王も誕生しました。
子育ての傍ら精力的に公務も行われていた佳子殿下ですが、2006年には悠仁親王を出産、
文仁親王誕生以来41年ぶりの男の子の誕生に世間は大いに喜びました。
2019年に文仁親王が皇嗣となられ、紀子殿下も皇嗣妃のお立場になられ、積極的に公務を続けておられます。
佳子内親王殿下
Embed from Getty Images佳子内親王は1996年12月29日に秋篠宮家の次女として誕生しました。佳子内親王は学習院初等科から学習院大学まで進まれましたが、中途退学をされています。
その後の2015年には国際基督教大学教養学部アーツ・サイエンス学科へ入学されました。在学中は英国リーズ大学に留学もされています。
国際基督教大学を卒業後は成年皇族として、海外でも積極的に公務を果たしておられ、母親である紀子殿下と同じく福祉に力を注いでおられます。
悠仁親王殿下
悠仁親王は2006年9月6日、秋篠宮家の長男として誕生しました。文仁親王以来41年ぶりの皇族に生まれた男の子であったため、その誕生は日本中から注目を集めました。
悠仁親王が生まれたことで皇族継承権である男系男子が引き継がれることとなります。皇室史上初めての帝王切開での出産であったことも注目を浴びた一つの理由です。
生まれた瞬間から皇位継承順位三位(現在は二位)となられましたが、唯一の未成年皇族として、日々勉学に励んでおられます。
長女の眞子内親王はご結婚により離脱
Embed from Getty Images秋篠宮家の長女として誕生した眞子内親王ですが、ご結婚により現在は皇室を離脱されており、現在は小室眞子さんとして生活を送られています。
小室眞子さんは1991年10月23日生まれです。芸術分野に多大なる関心を持たれており、内親王としてご公務をされていた際も美術館など多くの美術品に触れておられました。
初めて小室圭さんとの婚約準備の話が出たのは2017年5月16日でした。しかし小室圭さんが抱えるトラブルなどさまざまな理由が重なり、結婚は延期されます。
そのため本来であれば結婚式を行うところでしたが、2021年10月26日に婚姻届けを提出するだけでお2人は結婚されました。
夫は小室圭さん
Embed from Getty Images眞子さんと結婚された小室圭さんは1991年10月5日生まれで、眞子さんとは国際基督教大学時代に同級生として出会われました。
結婚式に向けて順調に準備が進んでいると思われましたが、小室圭さんのお母さんが金銭トラブルになっていると一部の週刊誌で報道されることになります。
これがきっかけで世間からは批判を受けるようになり、結婚に向けての準備も滞ります。
小室圭さんはその後にニューヨークに渡米、 ニューヨーク州司法試験の合格に向けて勉強をしながら弁護士事務所で働いていました。
現在はアメリカで生活されている
結婚後、ニューヨークで働く小室圭さんの元へ、結婚されて小室眞子さんとなり渡米します。
その後、無事に小室圭さんは3度目にして司法試験に合格、小室眞子さんと仲睦まじく生活をされています。
批判されることも多い秋篠宮家
なにかと注目を集める秋篠宮家ですが、批判的な目で見られるようになったのは、意外にも喜ぶべき長男悠仁親王の誕生でした。
長年皇室には男の子が生まれていなかったことで、直宮家の中で一番若い紀子殿下にお世継ぎを望む声が身内からも出たのです。
それを受けてのご出産であるため、世間では医療的な何かがあったのではないかとあらぬ疑いも向けられました。
最近ではご結婚されて皇族を離れられた、長女の小室眞子さんの夫となった小室圭さんに、さまざまなスキャンダルが囁かれたこともあり、その対応に秋篠宮家が批判の対象となりました。
皇室の中でも注目を浴びることの多い秋篠宮家での、世間の関心があらぬ方向にも向かっているようです。
秋篠宮家の現在のご活動は?
秋篠宮家は長男の悠仁親王を除き、ご家族全員が成年皇族としてさまざまな公務を行われています。
特に文仁親王は家禽類や鳥類に関する研究など幅広く活動をされています。紀子殿下や佳子内親王は、主にボランティアや福祉を中心に公務をされることが多いようです。
悠仁親王は現在は高校生ですので、学業を終えられた後は皇族としての公務をされるものと思われます。
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