英国王のスピーチは実話だったって本当?ジョージ6世の経歴や時代背景・想定外の即位の原因・ライオネル・ローグのトレーニング療法もご紹介

ライターPOINT DE VUE JAPON編集部
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英国王のスピーチは、イギリス国王ジョージ6世をもとに作られた映画です。スピーチや言語療法士との物語が印象に残っている方は多いでしょう。

この映画は実話をもとにして作られたと聞いたことがある方もいるのではないでしょうか。ジョージ6世のどのような話が参考となって作られたのか気になることは多いでしょう。

そこで本記事では、英国王のスピーチは実話だったのかについて解説します。

ジョージ6世の経歴・時代背景・想定外の即位の原因・ライオネル・ローグのトレーニング療法についてもご紹介するので、参考にしてください。

英国王のスピーチは実話だったって本当?

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英国王のスピーチは1936~1952年まで在位したジョージ6世が実際に経験したことを参考にして作られたストーリーです。

言語療法士であるライオネル・ローグの治療とサポートを受けて、長年のコンプレックスであった吃音を克服し国民へのスピーチを成功させる物語です。

一般的にはジョージ6世がスピーチを成功させるだけの物語に捉えられているかもしれません。

しかし彼の生い立ちや歴史的な背景を踏まえると、彼が行ったスピーチがいかに重大であり、そのプレッシャーがどれだけ大きかったものかが分かります。

映画で語られるジョージ6世のスピーチは、実際に行われた偉大なものだったのです。

「英国王」は実在の人物!

英国王のスピーチは、実際の物語であるとご紹介しました。そして、その物語で登場する主人公の英国王ももちろん実在する人物です。

英国王と呼ばれるジョージ6世はどのような人物だったのでしょうか。

ジョージ6世の経歴

ジョージ6世は、1895年12月14日にジョージ5世とメアリー王妃との間に第二子として生まれました。全名はアルバート・フレデリック・アーサー・ジョージといいます。

兄弟には、兄であるエドワード8世がおり、王位の継承についてはジョージ6世は全く期待されていなかったといわれています。

幼少期は病弱ですぐに怯えだして泣きだす子供ともいわれていました。

慢性胃炎・吃音症・X脚に悩まされ、もともと左利きだったにもかかわらず右利きになるように強制されるなどプレッシャーの多かった幼少時代を過ごしています。

1909年にはオズボーン海軍幼年学校に入学して軍人教育を受けます。

1910年に父親であるジョージ5世が国王に即位すると同時に、ジョージ6世の王位継承権は兄に次いで2位となりました。

しかし、当時のジョージ6世は王位を継承する気は全くなく、この意思は後に兄であるエドワード8世が王位を退位する際にも語られたといわれています。

ジョージ6世は、その後第一次世界大戦にも従軍し、海軍から空軍へと移り参謀まで務めた経歴を持ちます。

さらに、国王の名代として公務を行う中で、労働条件に付いて興味を持つようになり労働福祉協会の総裁も務めました。

1923年にはエリザベス・ボーズ=ライアンと結婚し2人の王女に恵まれています。

エリザベス女王の父

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ジョージ6世は、歴代のイギリス国王の中でも特に信頼され国民からも愛されているエリザベス女王の父親です。

エリザベス女王は、1926年4月21日にジョージ6世とエリザベス・ボーズ=ライアンとの間に長女として生まれました。

ジョージ6世は、彼女のことを非常に大切に思っていたといわれています。

ジョージ6世は、自身の崩御後、エリザベス2世に王位を無理に押し付けるかたちになってしまうと心配していたためです。

彼自身が、過去に望まぬ王位継承だった経験を持っているために、特にその気持ちが強かったといわれています。

「英国王のスピーチ」の時代背景

ジョージ6世のスピーチを題材にして作られた英国王のスピーチは、なぜここまで多くの方から注目される作品なのでしょうか。

実は、注目される理由はジョージ6世が行ったスピーチが素晴らしいだけではありません。この当時の時代背景が大きくかかわっているためです。

そこで、ここでは英国王のスピーチが行われた時代背景についてご紹介します。

戦争に向かう世界情勢

スピーチが行われた時代は、イギリスにとって非常に大切な時期でした。当時は、第一次世界大戦が勃発し、世界的にも戦争に向かう情勢です。

そして、ヨーロッパ各国が戦争を行う中、アメリカが戦争に加わったことでさらに激化していきます。

第一次世界大戦開戦時には、ヨーロッパを中心にした戦争だけでアメリカはまだ中立国でした。

しかし、1915年にニューヨークからイギリスへ向かうイギリス船がドイツの潜水艦に攻撃されます。

このドイツ潜水艦の中には128人ものアメリカ人が乗船しており、アメリカの中にはドイツへの反感が募っていました。

そのような中、ドイツからメキシコへ送られてきた電報がアメリカの怒りに触れ、アメリカが1917年に参戦しました。そしてさらに世界を巻き込む戦争へと激化していきます。

さらに第一次世界大戦終結後も、戦争の影響は大きく残ります。1919年に正式に戦争が終結した後、第一次世界大戦のほとんどの責任はドイツに課せられました。

そして、同時に世界恐慌が起こり経済が困窮する国が多数現れ始めます。ドイツも世界恐慌の影響を受け、次第に国内のドイツへの反感が広がり、ナチスの台頭を招きます。

その結果、再び世界大戦への時代へと突入するのです。このような世界的に戦争や経済困窮の中にあり、イギリスも世界からの大きな影響をうける大変な時代だったのです。

国王のスピーチで国民の心をひとつに

国内の士気が下がる中、ジョージ6世のスピーチは国民の心をひとつにします。それまで、第一次世界大戦の影響で国民や経済は疲弊していました。

そして終戦後にはナチスドイツからの威圧もあり、ナチスに対しての抵抗や威厳を示すためにも、国民をまとめて士気を高めるためのスピーチが求められていたのです。

ジョージ6世は自身の吃音症を克服し、国民や兵士の士気を高めて心をひとつにする素晴らしいスピーチを成功させました。

イギリス国民のナチスに対する不安を払拭し、最終的に勝利したことも、このスピーチがなければ実現できないものだったといわれています。

想定外の即位

ジョージ6世は、想定外の即位でイギリス国王を継承したといわれています。本来であれば、兄であるエドワード8世が王位を次いで国王を続けるはずでした。

当時、ジョージ5世崩御後に王位を受け継いだのはエドワード8世でした。

国王に即位したエドワード8世は、王太子時代から付き合っていたアメリカ人女性と結婚しようとするのですが、これが非常に大きな問題となります。

実は相手女性のウォリス・シンプソンは、アメリカの平民であり、なおかつ離婚歴のある女性だったのです。

さらに、彼女はドイツの駐英大使など複数の男性との関係も噂されていました。

そのため、イギリス首相のスタンリー・ボールドウィンからは、結婚するのであれば王室から抜けなければならないとまで反対されていました。

エドワード8世は、そのような反対を受けてシンプソンとの結婚を選んだのです。そのため、ジョージ6世が想定外に繰り上がり王位を継承することとなります。

ジョージ6世は幼少期から吃音症に悩んでいた

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思いがけない王位継承となったジョージ6世は、スピーチを成功させる裏側でひどい吃音症に悩んでいたといわれています。

実は幼少期から吃音症を発症しており、過去にはスピーチで大失態をしてしまった経験もあるのです。

吃音症とは

吃音症とは、言葉が円滑に話せない障害です。話始めに詰まってしまったり同じ音を繰り返して発音してしまったりといった症状が現れます。

そのため、会話や人前での発表などは苦手とする方も多く、吃音症が原因で周囲から笑われたりからかわれたりすることも少なくありません。

目に見える障害とは異なり、すぐに理解してくれる方も少ないことから、生きづらさを感じる方も多いといわれています。

ジョージ6世の吃音症の原因

ジョージ6世が吃音症になった原因は、幼いころの精神的な重圧によるものだと考えられています。

ジョージ6世は、兄よりも目立つことのない控え目な性格でした。また、言葉を覚えるのが遅く、左利きやX脚だったことで父親から矯正するように強く言われていたといいます。

時には食事中に左手に紐を結んで、左手を使うようなことがあると父親が引っ張り上げていたそうです。

さらに、X脚の矯正道具を装着していた時期もあり、強い痛みやストレスを受けていたといいます。

このような精神的な重圧が原因で強い吃音症を生じるようになったと考えられているのです。

代理のスピーチで大失態…

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ジョージ6世は、過去に代理のスピーチで大失態を演じています。

1925年10月31日に行われた大英帝国博覧会にて、父であるジョージ5世の代理で閉幕スピーチを行うこととなっていました。

その際、吃音症と自信のなさが出てしまい、本人にとっても聴衆にとっても極めて散々な結果となってしまいます。

ライオネル・ローグのトレーニング療法

大失敗に終わってしまったスピーチを受けて、ジョージ6世は吃音症克服に向けて動き始めます。

そこでかかわった人物が、ライオネル・ローグです。言語療法士である彼に教えられてトレーニングを行い、吃音症を克服していきます。

ライオネル・ローグの経歴

ライオネル・ローグは、1880年にオーストラリアで4人兄弟の長男として生まれました。彼は、大学時代から言葉の持つ意味・音声・リズムに興味をもち始めます。

そして、第一次世界大戦後は、戦争神経症を患った兵士を治療していました。言語障害を患った方の治療を進めたのち、イギリスに移住して言語セラピーを開業します。

独自のトレーニング法

ライオネル・ローグの吃音症克服に向けたトレーニング方法は、これまで治療に当たった医師とは異なる独自のものでした。

具体的には、次のようなトレーニング方法だったといわれています。

  • 精神的訓練
  • 身体的訓練
  • 発声訓練

トレーニング方法の中でも最も重要視されたのが、精神的訓練です。ライオネル・ローグ自身がジョージ6世に寄り添って信頼を築くことで、精神的なサポートをするものでした。

あえてジョージ6世のことを愛称で呼び、吃音症の発症原因が何なのかをジョージ6世の幼少期の経験を聞き出しながら原因を突き止めます。

そして、それらの原因を受け止めたうえで、障害を取り払えるようにトレーニングを編み出していったのです。

その中の1つが身体的訓練です。身体の力の抜き方や口の周りの筋肉を緩める運動などに取り組みます。

また、発声訓練では直立不動ではなく、自然な動きを加えるなどの緊張を発散させる方法を取り入れたスピーチ訓練を行います。

時にはウイスキーを飲みながら語り合い、精神科医のようにジョージ6世の話を聞きながら独自のトレーニングが行われました。

皇后エリザベスも夫をサポート

皇后エリザベスも吃音症克服に向けて夫をサポートしたといわれています。皇后エリザベスは、何人もの言語聴覚士を呼んで治療を試みていたそうです。

さらに、ライオネル・ローグを知りジョージ6世に紹介したのも彼女です。市井で評判の良い治療師を新聞で探し、ジョージ6世を連れ出してまで吃音症治療に尽力しました。

また、ライオネル・ローグの治療を受け始めた際、ジョージ6世は一度治療を断ったそうです。

あまりにも独自のトレーニングだったために、効果を疑い治療を諦めたことがありました。しかし、その時も皇后エリザベスは献身的にサポートして治療を再開させたといいます。

吃音を克服し見事なスピーチを披露

吃音症のトレーニングを行い、次第にスピーチや会話で症状が現れなくなったジョージ6世は、大失態を演じたスピーチから2年後の連邦会議開会スピーチを大成功させます。

オーストラリアの新首都キャンベラで開催された連邦会議は、イギリスに忠誠を誓っていたオーストラリアにおいても重大なイベントです。

スピーチが再び失敗すると、イギリス国王への忠誠がなくなる恐れもあります。そのような責任の重いスピーチでしたが、見事なスピーチを披露して終えられました。

世界の王室に詳しくなろう!

ジョージ6世は、吃音症や大人しい性格から、一度はスピーチで大失態を演じてしまった人物です。

しかし、克服のためのトレーニングを行い、見事なスピーチを成し遂げています。その後の対ナチスに関しての国民の士気を盛り上げる際にも、立派なスピーチを行いました。

その結果、王位継承当時は周囲から心配されていたジョージ6世ですが、その後は国民から愛される偉大な人物として現在も語られています。

より詳しくジョージ6世やイギリス王室を含む世界の王室について知りたい場合は、ヨーロッパの王室や人物について調べてみるとより知識が深まるでしょう。

当サイト内にも様々な記事が掲載されていますので、ぜひご覧になってみてください。

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