ギリシャ王室は現在どうなっている?最後の国王コンスタンティノス2世や王室メンバーを一挙紹介!

ライターPOINT DE VUE JAPON編集部
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ギリシャはバルカン半島南東部に位置している国で、アルバニア・北マケドニア・ブルガリア・トルコの4つの国と国境を接しています。

ヨーロッパ文化に大きな影響を与えたギリシャ神話やオリンピックなどでも有名な国です。

2023年1月10日に、ギリシャ最後の国王であるコンスタンティノス2世が亡くなったことも大きな話題となりました。

そこで本記事では、ギリシャの歴史の中でも王室にフォーカスしていきたいと思います。

本記事をきっかけに、少しでもギリシャに興味を持っていただけますと幸いです。

ギリシャ王室は現在どうなっている?

ギリシャはもともとは君主制を採用していた国でした。

君主制とは一人の支配者が国を統治する国家形態で、君主が唯一の主権者である体制です。

しかし、1967年に君主制に反発したギリシャ国民がクーデターを起こし、当時の王室メンバーは他国へ亡命しました。

それにより君主が不在となったギリシャは共和制へと切り替わり、2023年現在ではギリシャ王室は存在しません。

ですが、国外へ亡命した王室メンバーは2023年現在も存命で、ギリシャではなく他国で暮らしています。

ギリシャはどんな国?

ギリシャはもともと、オスマン帝国という多民族帝国から独立した国です。

建国当初は一人の国王が国を統治していましたが、国民によるクーデターをきっかけに共和制に移行しました。

ギリシャはアテネオリンピックやギリシャ神話だけでなく、映画など様々な作品の舞台になることも多いため、歴史が気になる方も多いのではないかと思います。

ここからはギリシャの建国の歴史から、初代国王についてご紹介していきます。

1832年建国

ギリシャの歴史は紀元前146年に遡ります。紀元前146年、ギリシャはローマ帝国の一部でした。

紀元前395年にはローマ帝国は東西に分裂し、ギリシャは東ローマ帝国に属することになります。

1453年にオスマン帝国が東ローマ帝国に侵攻し、首都であるコンスタンティノープルを征服し、ギリシャはオスマン帝国に属することになりました。

19世紀になるとオスマン帝国が弱体化し、ギリシャ解放戦争後のロンドン議定書によってギリシャの独立は認められ、1832年にギリシャ王国が建国されることとなります。

初代国王は南ドイツ出身

ギリシャの初代国王はオソン1世で、オーストリアのザルツブルクで生まれたドイツ人です。

バイエルン王ルートウィヒ1世の次男として生まれ、1832年のロンドン会議でイギリス・フランス・ロシアによりギリシャの初代国王として選ばれました。

オソン1世による復古主義的な統治は長年の戦乱で疲弊した経済・秩序を回復させるどころか、かえって国民の反感を買うことになってしまいます。

それにより、オソン1世は1862年に廃位することとなります。

エリザベス女王の夫フィリップ殿下もギリシャ王室出身

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イギリス王室の顔としても知られるエリザベス女王の夫であるフィリップ殿下ですが、実はギリシャの王室出身であることが知られています。

フィリップ殿下はギリシャ王国の第二代国王であるゲオルギオス1世の四男アンドレアスと、バッテンベルク家出身のアリキの長男(第五子)として誕生しました。

1939年にダートマス海軍兵学校へ進学し、兵学校を訪問したイギリス王室メンバーの接待役に選ばれたことでエリザベス女王と対面します。

エリザベス女王がフィリップ殿下に一目惚れをし、1947年11月20日に結婚しました。

最後の国王コンスタンティノス2世

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2023年1月10日に、コンスタンティノス2世が82歳で亡くなりました。

1974年に王政を廃止したギリシャにとっては、コンスタンティノス2世はギリシャ最後の国王となります。

1月16日には世界中の王室メンバーがアテネに集まり、コンスタンティノス2世に追悼の意を示しました。

ここからは、コンスタンティノス2世の生い立ちから亡くなるまでの歴史を振り返っていきます。

生い立ち

コンスタンティノス2世は1940年6月2日、パウロス1世と旧ハノーファー王家出身のフリデリキ王妃の第2子として誕生します。

1964年に父であり当時ギリシャの国王であったパウロス1世の崩御によって即位しました。

また、同年にはデンマークの女王であったマルグレーテ2世の妹であるアンナ=マリアと結婚しました。

クーデターにより亡命

国王として在位中、当時ギリシャの首相であったゲオルギオス・パパンドレウと緊張状態にあり、国軍の識見を話し合いを重ねました。

これにより政局が不安定化し、冷戦下でギリシャの共産化を狙う共産主義者により、1967年4月21日にクーデターが起こります。

同年12月、コンスタンティノス2世は家族を連れてローマに亡命しました。

これにより、ギリシャではしばらく国王不在のまま、形だけの君主制が続きます。

しかし、1973年に軍事政権は君主制を廃止し、共和制移行を宣言しました。

そして、1974年に君主制が正式に廃止となります。

晩年

コンスタンティノス2世は亡命後、家族と一緒にロンドンで過ごしていました。

イギリス国王であるチャールズ3世とは親しい間柄であり、コンスタンティノス2世はウィリアム王子の名付け親でもあります。

2013年にはアテネに戻り、晩年はアテネで過ごした後、2023年1月10日にアテネにて82歳で崩御しました。

現在のギリシャ王室メンバー

コンスタンティノス2世は2023年1月10日に崩御しましたが、コンスタンティノス2世以外の王室メンバーは現在どのような方がいるのでしょうか。

ギリシャ王室のメンバーには、以下のような方々がいます。

  • アンナ=マリア王妃(妻)
  • アレクシア王女(長女)
  • パウロス王太子(長男)
  • ニコラオス王子(次男)
  • セオドラ王女(次女)
  • フィリッポス王子(三男)

ここからは、現在のギリシャ王室メンバーについてご紹介していきます。

アンナ=マリア王妃

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まず一人目はコンスタンティノス2世の妻であるアンナ=マリア王妃です。

アンナ=マリア王妃は1960年8月30日、デンマーク王フレゼリク9世とイングリット王妃の三女として誕生しました。

コンスタンティノス2世の葬儀では2人の結婚式で身につけていたチョーカーとともに参加したことで話題となっています。

アレクシア王女

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アレクシア王女はコンスタンティノ2世とアンナ=マリア王妃の長女(第一子)として1965年7月10日にギリシャ西部にあるケルキラ島のモンレポスの城館で誕生しました。1999年7月8日にスペインの建築家であるカルロスと結婚し、現在はカナリア諸島のランサローテ島で家族と暮らしています。

パウロス王太子

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パウロス王太子はコンスタンティノス2世とアンナ=マリア王妃の長男(第二子)として1967年5月20日に誕生しました。

1995年7月1日にアメリカ出身のマリー・シャンタルと結婚し、以下の4男1女をもうけています。

  • マリア=オリンピア(長女)
  • コンスタンティノス・アレクシオス(長男)
  • アキレアス=アンドレアス(次男)
  • オディッセアス=キモン(三男)
  • アリステイデ・スタウロス(四男)

パウロス王太子の子どもたちはモデル活動や俳優活動など個々で活躍しており、美男美女の5人姉弟として注目を集めています。

ニコラオス王子

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ニコラオス王子はコンスタンティノス2世とアンナ=マリア王妃の次男(第三子)として1969年10月1日に、コンスタンティノス2世の亡命先であるローマで誕生しました。

ギリシャで起こる洪水や地震などの自然災害に対しての救援活動をするために作られた「アンナ=マリア財団」の委員として活躍しています。

2009年12月28日にイベントプランナーであるタティアナ・ブラトニクと婚約しました。

セオドラ王女

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セオドラ王女はコンスタンティノス2世とアンナ=マリア王妃の次女(第四子)として1983年6月9日に、ロンドンのパディントンで誕生しました。

2010年からセオドラ・グリースという芸名で女優として様々な作品で活躍しています。

2018年11月16日に弁護士のマシュー・クマールと婚約し、2020年5月に結婚を予定していましたが、新型コロナウイルスの影響で延期となっています。

フィリッポス王子

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フィリッポス王子はコンスタンティノス2世とアンナ=マリア王妃の三男(第五子)として1986年4月26日に、ロンドンのパディントンで誕生しました。

現在はニューヨークにあるヘッジファンドでマネージャーとして活躍しています。

スイスの実業家トーマス・フローの娘であるニーナ・ナターシャ・フローと2020年12月12日にスイスのサンモリッツで民事婚を行い、2021年10月23日にアテネのメトロポリタン大聖堂で挙式をしました。

現在は全員がギリシャ国外で生活

ギリシャ王室のメンバーは現在、全員がギリシャ国外で生活をしています。

アンナ=マリア王妃や未婚の子どもたちはロンドンを居住地としており、アレクシア王女はスペインのカナリア諸島で暮らしてるとのことです。

ギリシャの王室メンバーは現在もギリシャ王族としての称号を名乗っていますが、今ではギリシャ王国を代表する王族ではないとされています。

王族として復帰することはない?

現在でもギリシャ国王の家系は存在するため、王族としてギリシャに復帰する可能性があるのではないかと考える方も少なくないのではないでしょうか。

ですが、ギリシャ王室のメンバーが王族としてギリシャに戻ることは限りなく低いでしょう。

ギリシャは君主制が廃止され、国王が他国へ亡命したことで、ギリシャ王室は存在しないといえます。

さらに、現在も存命している王室メンバーは他国に居を定めているため、今になってギリシャに王族として戻る意思がある可能性も低いと考えられます。

また、ギリシャ王室のメンバー王族として戻るのであれば、国民の支持も得る必要があるでしょう。

ですが、コンスタンティノス2世の崩御により王室メンバーの存在感がより強くなったこともあるため、今後のギリシャ王室の動向に注目が集まります。

世界の王室に興味があるなら…

本記事では、ギリシャ王室の現在にフォーカスしつつ、ギリシャ王国の歴史から初代国王についてもご紹介していきました。

ギリシャ王国の歴史だけでなく、王室にも目を向けるとまた新たな視点で歴史を振り返れるのではないかと思います。

本記事ではギリシャ王室についてご紹介していきましたが、世界にはまだまだたくさんの王室が存在します。

本サイトでは世界中の王室について情報がまとめられていますので、興味があればぜひ隅々までご覧ください。

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