佳子内親王は皇族の1人であり、若くして皇族のさまざまなイベントなどにも出席して務めを果たしている人物です。
学生時代からの意欲的な活動内容や趣味などが気になる方もいるでしょう。そこで本記事では、佳子内親王についてご紹介します。
学生時代・活動・趣味なども解説するので参考にしてください。
佳子内親王はこんな方!
Embed from Getty Images佳子内親王はどのような方なのでしょうか。テレビや雑誌などで一度は見たことがある方は多いでしょう。
しかし、どのような方であるか詳しくは知らない方がほとんどだと思います。そこで、ここでは、佳子内親王についてご紹介します。
生い立ち
まずは生い立ちです。彼女は1994年12月29日に秋篠宮さまと文仁親王妃紀子さまとの間に第2女子として誕生しました。
佳子さまというお名前は、健康と共に素直で思いやりがあって心身ともに良い子に育ってほしいという思いから命名されます。
そして、2001年4月には学習院初等科に入学し、2007年に卒業を経て学習院女子中等科へ入学されました。
そして同年11月に文仁親王妃紀子さまの公務に同伴したことが、初めての皇族としての務めでした。
その後2010年の学習院女子中等科の卒業を経て、学習院女子高等科へ入学されます。そして、2013年に高等科を卒業後学習院大学文学部教育学科へ入学されます。
同年には、アメリカマサチューセッツ州ボストン短期大学へ留学もされました。2014年12月には成年皇族となり、宮中行事に参列するなど幅広く公務に携わっています。
また、2021年現在、内親王としては最年長です。
姉に眞子さま、弟に悠仁さま
佳子内親王は第2女子であり、兄弟がいます。姉は眞子さまで、弟は悠仁さまです。眞子さまは、1991年10月23日に第1女子に第一女子として誕生しました。
眞子さまの名前は、天性のものを失わず、自然に飾ることなくありのままに人生を歩んでほしいという願いのもと名づけられたそうです。
現在は、小室圭さまと結婚しています。そのため、皇族から退いている状態です。皇族を離脱する前の身位は内親王で、眞子内親王と呼ばれていました。
悠仁さまは、2006年9月6日に第1男子として誕生しました。身位は親王で、皇位継承順位は、父親である文仁親王に次いで第2位となります。
悠仁さまの名前は、ゆったりとした気持ちで、長く久しく人生を歩んでほしいと願って着けられました。
特に悠仁さまの誕生前年ごろまで、皇族男子の減少によって、皇位継承問題が浮き彫りになっていた時期でもありました。
それにより、文仁親王妃紀子さまも辛い思いをされたようで、悠仁さまが生まれた際には周囲も大変喜んだといわれています。
佳子内親王の学生時代
佳子内親王の成り立ちや兄弟についてご紹介しました。それでは、佳子内親王自身はどのような人物なのでしょうか。
ここでは、特に学生時代に注目して紹介します。
学習院初等部~高等部
佳子内親王は、幼少期よりさまざまなメディアで撮影されていたこともあり、多くの写真が残っています。
例えば学習院初等部時代は、そのあどけなさから非常にかわいいと国民から愛されていました。
また、初等部2年生の頃からフィギュアスケートを習い始めた際にも、メディアに取り上げられています。
そして、中等部から高等部へと成長した際には、非常に大人びているといわれ注目を再び集めました。
高等部の時は、佳子内親王はヒップホップダンスに夢中だったといわれており、学園祭ではK-POPのダンスを披露されたこともあるそうです。
さらに、高校時代には他校の男子とお付き合いをされていたといわれています。SPが警護にあたっていたことがあるようで、2人きりのデートとはいかなかったようです。
学生時代を謳歌しているように思われますが、もちろん公務にも取り組んでいます。初めて公務に赴いたのは、中等部の時です。
文仁親王妃紀子さまと同伴する形で、公務に向かわれました。そしてそれ以降は、徐々に公務にも参加していき、積極的に皇族の仕事を務めるようになっていったようです。
高等部ではマサチューセッツ州ボストンへ短期留学した経験も
佳子内親王は初等部から高等部にかけて大きく成長しました。高等部ではマサチューセッツ州ボストンへ1カ月間の短期留学をした経験もあります。
夏季休暇を利用した短期留学では、ボストン美術館などをめぐり、楽しみながら語学を学んだそうです。
学習院大学から国際基督教大学へ
高等部を卒業後、佳子内親王は2014年に学習院大学教育学部に入学されます。しかし、同年10月にAO入試を受験し、国際着督教大学に入学されました。
これまで幼少期から学習院で学ばれていた中、突然国際基督教大学へと進路を変更し、1年生から再出発したのです。
学習院大学をやめた理由については、これまで同じ学習院に通い続け、限られた環境しか経験できていないと感じたためだそうです。
大学受験当時は、他の受験も行ったようですが合格できず、内部進学できる学習院に進みました。しかし、別の環境で学びたいと常に思っており、退学の道を選んだといいます。
この佳子内親王の気持ちは、実際に宮内庁を通して発表された内容です。さらに、宮内庁を通した発表では、国際基督教大学に再入学した理由についても語っています。
国際基督教大学を選んだ理由は、教育が魅力であると感じたためだそうです。公的な活動を通して英語でコミュニケーションが取れることに魅力を感じたとのことでした。
また、幅広く知っていることが大切であると感じるようになったと語っています。このような勉強ができるのが国際基督大学だと判断されたようです。
2017年には英国リーズ大学へ留学
国際基督教大学への入学を叶えた佳子内親王は、3年生に進学した際、リーズ大学への留学を決意されます。
リーズ大学とは、イギリスにある大学のことで、年間6000人以上もの留学生を受け入れている国内有数の大学だそうです。
そのような大学に留学される目的とは何かというと、実は明確には公表されていないそうです。
留学先の学科名はパフォーマンス文化産業学科と呼ばれるもので、舞台芸術やビジネス論などが学べるといわれています。
佳子内親王は国際基督教大学では心理学を専攻されていたので、芸術関係・ビジネス・心理学と幅広く学べるパフォーマンス文化産業学科に進んだようです。
一方で、高等部時代から夢として語っているダンサーになりたいために、留学したのではないかともいわれています。
高等部時代で好きだったダンスは、立場の関係上諦めざるを得ませんでした。しかし、やはり諦められず、留学先で学べると思ったのではないかと噂されています。
実際にパフォーマンス文化産業学科では、舞台芸術としてダンスを学べるそうです。確証はないため、あくまでも噂ですが、留学先でさまざまなことを学んで帰ってくるでしょう。
佳子内親王の現在の趣味
佳子内親王は、幼いころから絵を描いたり物を作ったりすることが好きであり、現在も続けているといわれたことがあります。
また、体を動かすことも趣味であるといわれているのです。というのも、幼少期の佳子内親王は、フィギュアスケートにはまり練習を行っていた時期もあります。
高等部になってからフィギュアスケートは辞めてしまいましたが、体を動かすことは好きで、次第にダンスにはまっていきます。
佳子内親王の活動
佳子内親王の学生時代をご紹介しました。留学や勉学に励んでいる姿がわかります。それでは、公務の面ではどのような活動を行っているのでしょうか。
ここでは、佳子内親王の公務における活動をご紹介します。
2019年に外国公式訪問
佳子内親王の活動の中でも大きなものとしては、2019年に行った外国の公式訪問が挙げられます。
この訪問では、オーストリアとハンガリーの2カ国を訪れました。この訪問は、両国と日本が外交関係を樹立して150年を迎えたことを記念してのものです。
両国の政府から招待があったため、訪問するイベントでした。佳子内親王にとっては、初めての公式な外国訪問でありましたが、スピーチなど立派に務め上げました。
一般財団法人全日本ろうあ連盟に非常勤嘱託職員として就職
一般社団法人全日本ろうあ連盟とは、日本で唯一のろう者の団体であり、佳子内親王はその団体の非常勤嘱託職員として就職しました。
佳子内親王は、手話を通じた公務にも参加されています。さらに全国高校生手話パフォーマンス甲子園にも第1回目から参加しており、これらの活動を積極的に支えていました。
このことからもわかる通り、以前からろうあ連盟の仕事に興味があったのです。このことがきっかけで全日本ろうあ連盟に就職を希望しました。
姉の眞子さまから日本テニス協会名誉総裁に
佳子内親王は日本テニス協会名誉総裁にも就任しています。この総裁という位置には、かつて眞子さまが就いていました。
眞子さまは、この名誉総裁に就任以降、数多くの大会や抽選式にも参加されていました。しかし、結婚されることで皇族を離れることが決定し、名誉総裁も退任することとなります。
そして、この名誉総裁という座は、妹の佳子内親王が引き継ぐこととなりました。現在も佳子内親王は、大会などの各種イベントに参加しています。
2022年にはみどりの感謝祭名誉総裁、日本工芸会総裁に就任
佳子内親王はさまざまな名誉総裁という責任ある立場を務めることとなります。その中にはみどりの感謝祭名誉総裁というものもあります。
みどりの感謝祭とは、みどりや森林に関して著しく活躍や貢献した人を表彰するという式典です。佳子内親王はその感謝祭の名誉総裁を務めることとなります。
2022年の感謝祭では、みどりの大切さについて語られ、今後自然を残していくための考えるべきことなどが発表されました。
また、同年には日本工芸会総裁にも就任しています。日本工芸会とは、無形文化財の保護育成を目的とした公益社団法人です。
佳子内親王はその総裁にも就任されており、工芸品を見るだけでなく、日本工芸会の授与式などにも参加しています。
佳子内親王は手芸がお得意
佳子内親王の活躍を見て、若いながらもしっかりと皇族の務めを果たされていることに驚いている方も多いかもしれません。
しかし、女性らしい一面もあります。それが手芸が得意なことです。
手芸は幼いころから行っており、毎年のように文仁親王妃紀子さまと一緒にキルトフェスティバルにも参加されていました。
しかし、2020年のキルトフェスティバルでは、初めて単身で出席されたそうです。それほど、手芸には思い入れがあるのでしょう。
佳子内親王は兄弟思いな一面も
佳子内親王が兄弟を大切にしていると感じられるエピソードとしては、得意の手芸を活かした話があります。
佳子内親王は悠仁親王のために、フェルトでおもちゃをつくることもありました。
さらに、2007年の秋に開かれた宮内庁職員の作品展に、佳子内親王と悠仁親王との合作である、ぐりとぐらの人形の作品が並んでいたといいます。
このことから、弟思いの良いお姉さんであることが感じられます。
現在の佳子内親王
現在の佳子内親王は、28歳になりさまざまな公務に出席されています。特に、愛子さまは大学生であり、弟の悠仁親王もまだ幼いため公務への出席は難しい状況です。
そのような中で、佳子内親王の公務への姿勢は、ますます期待されているようです。
また、ご結婚の質問も定期的にマスコミからされていますが、現状はお相手はいないとのことでした。
ロイヤルファミリーについてもっと調べたいなら
佳子内親王は、幼少期からその可愛らしさで多くの国民から愛され続けている女性です。
また、弟の悠仁親王が生まれてからは、天皇の姉らしい振る舞いが求められるシーンも多いようです。
しかし、彼女はそれをきちんと理解し、さまざまな公務にも参加され立派に務めています。
より詳しくロイヤルファミリーについて調べたいのであれば、皇族の方一人ひとりをチェックしてみましょう。
それぞれの取り組みはもちろん、歴史についても理解を深められます。