モナコ王室の家族図を徹底解説!モナコ王室の歴代主要メンバーやグレース・ケリーについても詳しく紹介します

ライターPOINT DE VUE JAPON編集部
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皆さんはモナコ公国についてどのようなイメージを持っていますか?

モナコ公国の歴史は、紀元前10世紀にフェニキア人が開拓して住み始めたところから始まります。

現在のモナコ王室のもとを作ったのがグリマルディ家で、教皇派と皇帝派の争いから逃れるために仲間を引き連れて国を開きました。

現在モナコ公国は国土が世界で2番目に狭く、セレブが集まる街としてよく知られています。

この記事では、モナコ王室の家族図・王室の歴代主要メンバー・グレース・ケリーについても詳しく紹介します。

この記事を読んで、モナコの歴史や王室について詳しくなりましょう。

モナコ王室は世界的に注目されている?

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モナコ王室はハリウッド女優グレース・ケリーレーニエ3世の結婚をきっかけに、世界中から注目されるようになりました。

グレース・ケリーの血を引いている子孫たちは皆、美男美女ばかりです。

そのため、モナコ王室のメンバーが公の場に姿を出すと、メディアによく取り上げられています。

他にも、レーニエ3世や姉弟らのスキャンダル・王室メンバーの様々な経歴・洗練されたファッションセンス・世界に類を見ない豊富な財産に関することなどが話題になっています。

このことからも、モナコ王室は世界的に注目されていることがわかるでしょう。

モナコの基礎知識

前述の通り、現在のモナコ王室は世界的に注目されていることがわかりました。

この注目のきっかけとなったのが、グレース・ケリーレーニエ3世の結婚でしたが、それ以前のモナコ王室はどのような歴史があったのでしょうか。

この章では、モナコの歴史・国土・政治・日本との関わりなど、モナコの基礎知識について取り上げます。

建国からグリマルディ家が統治

13世紀にイタリアのグリマルディ家が統治を始めたのが、元モナコ王室の元になっています。

モナコの歴史の始まりは、紀元前10世紀ごろに、フェニキア人が開拓して住み始めたところからといわれています。

そして紀元前6世紀ごろからは、古代ギリシャの支配下にありました。

13世紀になると、グリマルディ家が争いから逃れるために、この土地に元王室のもとを開きます。

17世紀のペロンヌ条約で一旦フランス領に落ち着き、19世紀にはフランスの保護下で独立し、現在に至ります。

そのため、モナコとフランスは現在でも密接な関係を持っているのです。

このように長い歴史の中で、徐々に今の王室の形になっていきました。

国土が世界で2番目に小さい

モナコ公国の国土は、2,02平方キロメートルとバチカン市国に続き世界で2番目に小さい国になります。

このように国土は小さくても、世界中からセレブが集まる街で王室も莫大な資産を抱えていることで有名です。

なぜ世界中からセレブが集まるのかというと、その理由はモナコの税制「タックス・ヘイブン」にあります。

タックス・ヘイブンによって、移民は所得税・贈与税・相続税を課されないのです。そのため、多くのセレブたちが税金逃れのためにモナコに移住しています。

また、モナコは国土が狭いため土地代が非常に高額な上に、移住権を獲得するにも莫大な資産を有していることなど、様々な条件があります。

このような理由があって、モナコは世界中からセレブが集まる街といわれているのです。

死刑制度が廃止されている

モナコでは、全面的に死刑制度が廃止されています。

死刑制度がないため、最高刑は仮釈放なしの終身刑となっているのです。

世界195カ国のうち、7割近くの国がモナコのように死刑を廃止していますが、日本では現存しています。

日本のように現在でも死刑制度があるのは、たった3割の54カ国のみだそうです。

日本との外交は2006年から

モナコと日本の外交は2006年から始まりました。

国交を結ぶのが2000年代になった理由は、モナコとフランスが結んでいた保護友好条約があったためです。

この条約によって、モナコが他国と外交関係を結ぶにはフランスの許可が必要でした。

しかし、外交関係を結ぶ以前から日本とモナコの王室間は、良好な関係を築いていました。

日本の天皇がレーニエ3世の葬式に参加したり、アルベール2世が1998年の長野オリンピックに出席したりするなど良好な関係が続いていたのです。

2005年になるとモナコとフランス間で、新たに友好協力条約が結ばれ、モナコはフランスの許可無しに他国との外交関係を結べるようになります。

こうして2006年に日本の安倍政権とモナコのプルースト政権によって、国交を結ぶことになったのです。

国交を結んでから現在までは、輸出入・文化交流・震災の支援・チャリティ活動などが盛んに行われています。

モナコ王室の家系図を徹底解説!

ここまで、モナコの歴史・国土・政治・日本との関わりなど、モナコの基礎知識について見てきました。

そのようなモナコ王室が世界的に有名になるきっかけとなったのが、グレース・ケリーとレーニエ3世の結婚です。

この章ではグレース・ケリーとレーニエ3世からはじまるモナコ王室の家系図を紹介します。

グレース・ケリー妃とレーニエ3世の子供は3人です。上からステファニー公女・アルベール2世・カロリーヌ公女になります。

今のモナコ大公は、アルベール2世です。彼の妃に当たるのがシャルレーヌ妃で、双子の姉弟を授かります。

姉がガブリエラ王女で、弟がジャック公子です。

王位継承順位としては、1位ジャック・2位ガブリエラ王女・3位カロリーヌ公女・4位カロリーヌ公女の息子アンドレアになります。

モナコ王室の歴代メンバーを紹介

ここまで、モナコの基礎知識とモナコ王室の家系図を取り上げました。

この章では、モナコ王室の歴代メンバーを紹介していきます。前述の家系図と繋がる部分があるので、是非照らし合わせながら読んでみてください。

レーニエ3世

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レーニエ3世は2005年に病死するまで、モナコ大公として即位していました。

妻のグレース・ケリーとは、カンヌ国際映画祭で運命的な出会いを果たします。

彼はカーマニアとしても知られており、自動車博物館を所有していたり、モナコグランプリでは隣に妻グレース・ケリーを乗せたオープンカーを運転したりしました。

グレース・ケリー

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グレース・ケリーはハリウッドの人気女優で、デビューからわずか4年でアカデミー賞を受賞という快挙を果たしています。

レーニエ3世と結婚してからは、女優業から引退し、公女として、3人の母親としての務めを果たしました。

現在のモナコ大公アルベール2世の母であり、自身の運転する車の転落事故によって命を落とします。

3人の子供は母グレース・ケリーの上品な美しさを受け継ぎ、現在でもメディアでよく話題になっています。

アルベール2世

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アルベール2世は、現在のモナコ大公です。スポーツマンなことで有名で、若い頃にボブスレー選手としてオリンピックに5回出場しています。

妻は南アフリカ共和国出身のシャルレーヌ妃で双子の姉弟を授かります。

姉の名前はガブリエラ王女、弟をジャック公子といい、ジャック公子が現在、王位継承順位1位です。

日本にも家族で来日していて、東京ディズニーランドやチームラボなどにも訪れたことがあるようです。

シャルレーヌ妃

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シャルレーヌ妃は、南アフリカ共和国出身の元水泳選手で、現在のモナコ大公アルベール2世の妻です。

選手のころからシャルレーヌ妃の美しさは話題になっていましたが、王室に入った現在でもより一層の美貌で、世界中のメディアが注目しています。

日本へも来日していて、子供たちと観光地で楽しまれたようで、日本が好きになったとおっしゃっていました。

ジャック公子とガブリエラ王女

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ジャック公子とガブリエラ王女は、今のモナコ大公アルベール2世の子供です。

彼らは双子の姉弟で、王位継承順位はジャック公子1位、ガブリエラ女王が2位となっています。

二人で仲良くパブリックスクールに投稿する姿がニュースになったり、イベントで仮装する姿が話題になったりしていて、世界的に非常に注目されている双子になります。

カロリーヌ公女

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カロリーヌ公女は、今のモナコ大公アルベール2世の姉で、グレース・ケリーとレーニエ3世の長女として生まれます。

複数の言語を操る秀才で、現在はモナコ王室のアンバサダーを務めています。

彼女は、結婚離婚を繰り返す恋多き女性で、週刊誌を賑わすこともありました。

彼女の王位継承順位は、ガブリエラ王女に続き3位となっています。4位は彼女の息子であるアンドレアとされています。

レーニエ3世とグレース・ケリーの結婚は世界的に有名

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レーニエ3世とグレース・ケリーの結婚は世界的に有名です。モナコ王室が注目されるきっかけになったのも、彼らの結婚でした。

彼らの出会いは、まるでおとぎ話のようだったのです。

きっかけはカンヌ国際映画祭にグレース・ケリーが招かれたことです。

女優のオリビアとその夫ピエールを通じてレーニエ3世とグレース・ケリーが知り合うことになります。

そしてこの出会いから1年経たずに、レーニエ3世からプロポーズを受け、二人は結婚することになりました。

結婚式には、大勢の来賓が訪れ、メディアも殺到し、世界中から非常に多くのレターが送られています。

結婚式も非常に華やかなもので、多くの人の心に残る一大イベントとなっています。

グレース・ケリーは今でも語り継がれる歴史的大スター

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レーニエ3世と結婚したグレース・ケリーは、今でも語り継がれる人気ハリウッド女優です。

彼女は数々の人気映画の主演としてカメラの前に立っています。

特に彼女はアルフレッド・ヒッチコック監督のお気に入り女優で『ダイヤルMを廻せ!』『裏窓』『泥棒成金』などの代表作があるのです。

また、1955年に『喝采』でアカデミー賞主演女優賞を受賞しました。

この快挙は、ハリウッドデビューからたった4年という偉業で、これをきっかけに世界的大スターへと注目されるようになったのです。

モナコ王室と日本の関係とは?

モナコ公国と日本の関係は、2006年に国交が開通してからより強固なものになっています。

モナコには本格的な日本庭園が作られ、国民に広く親しまれています。

他にも、日本の歴史、漫画やアニメなどのサブカルチャーのイベントがモナコで開催されたりしました。

また、東日本大震災が起きたときにも、日本はモナコからの支援を受けています。

このように、日本とモナコは現在に至るまで良好な関係を築いてきたのです。

ヨーロッパの王室の家系図について知りたいなら

モナコ公国はフェニキア人が開拓したところから始まり、グリマルディ家が王室のもとを開いています。

国土は世界で2番目に小さいですが、タックス・ヘイブンという税制によって世界中からセレブが集まる街なのです。

また、モナコ王室もレーニエ3世とグレース・ケリーの結婚があってから非常に有名な王室となりました。

このようなモナコ王室だけでなく、ヨーロッパの王室についてさらに深く知りたいなら、当メディアの記事を読んでみてください。

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