貴族制のスペインにおいて、初めて平民から王族へとなったレティシア王妃。最初はバッシングを受けていたものの、今は圧倒的な美貌と知性に世界中から注目を受けています。
そのようなレティシア王妃が、雅子さまの即位礼正殿の儀において熱い抱擁をされました。
見る人の涙を誘うようなその光景に多くのメディアが取り上げたため、目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
この熱い抱擁に至ったのには、レティシア王妃と雅子さまの友情が影響しています。
今回は、レティシア王妃について掘り下げた後に、日本の皇室との関係性を掘り下げていきましょう。
レティシア王妃と雅子さまの関係は?
Embed from Getty Imagesレティシア王妃と雅子さまには、民間出身の王族・皇族であるという共通点があります。
お互いに特別な思いがあり、式典などで再会した際はお2人とも打ち解けた様子で談笑される様子が度々注目を集めています。
見初められて王族・皇族の一員になったレティシア王妃と雅子さまは、当初は民間から大きなバッシングがありました。
民間出身ゆえの様々な苦難という共通体験により、お2人の絆は強いものとなっているのです。
また、雅子さまは元敏腕外交官ということもあり、スペイン語が非常に堪能でいらっしゃいます。スペイン王室との関わりは深く、これまでも何度も交流がありました。
その度に、通訳を介せずとも自然なお言葉でお話できるので、お互いに打ち解けていらっしゃるのでしょう。
レティシア王妃の経歴
Embed from Getty Images貴族制であったスペイン王室に、初めて民間出身として入ったレティシア王妃。その経歴はどのようになっているのでしょうか。ここでは、レティシア王妃について深掘りします。
1972年に誕生
レティシア王妃は、スペインのアストゥリアス州オビエドにて、1972年9月15日に誕生しました。
祖父や父がジャーナリストだったことが影響し、レティシア王妃の小さな頃からの夢はジャーナリズムでした。
14歳までは地元の公立学校に通っていましたが、高等学校は私立に進学。
父親の転勤に伴い15歳でマドリードの高校へ転校し、その後はジャーナリストの夢へと近ける進路を選択されます。
大学でジャーナリズムの修士号を取得
レティシア王妃がジャーナリストの夢を叶えるために進学したのは、マドリードのコンプルテンセ大学情報学部。
コンプルテンセ大学はスペインの中でもトップクラスの難易度を持つ大学です。その大学に見事進学し、情報科学を専攻しました。
1995年にはジャーナリズムの学士号を取得し、卒業後はオーディオ・ビジュアル・ジャーナリスト学院で修士号を取得しました。
その後、卒業はしていませんが、メキシコでジャーナリズムの分野で博士課程を受講しています。
ジャーナリストとして活躍
Embed from Getty Imagesメキシコからスペインに帰国してからは、スペインの国営テレビであるCNNのニュースキャスターとして活躍しました。
2000年からは、スペイン国営放送のテレビション・エスパニョーラにも出演しています。
世界同時多発テロやイラク戦争の取材にも赴き、本格的なジャーナリストとして活躍していました。
2001年には、Larra賞と呼ばれる30歳以下の優れたジャーナリストを讃える賞に選ばれています。若手のジャーナリストとして実力を認められ、大きな功績を残しました。
最初の結婚・離婚
レティシア王妃は、1998年に高校時代の教師と10年間の交際期間を経て結婚しています。しかし、その1年後に離婚しており、最初の結婚生活は長く続きませんでした。
これが王室に入る際の猛烈なバッシングの一因となります。
レティシア王妃とフェリペ国王の出会いは?
Embed from Getty Images「彼女と結婚できないなら王冠を捨てても良い」
これは、結婚に反対する当時のスペイン国王に対して放ったフェリペ国王の熱烈なお言葉です。あまりに有名なフレーズなのでご存じの方もいらっしゃるでしょう。
フェリペ国王から「彼女は人生を分かち合える女性」「彼女をどのくらい愛しているかをお伝えできて嬉しい」という言葉が出るほどに、熱烈な様子がわかります。
それでは、レティシア王妃とフェリペ国王はどのようにして出会ったのでしょうか。ここでは馴れ初めをご紹介します。
友人を介して出会う
フェリペ国王とレティシア王妃は、共通の友人との夕食会で出会いました。お2人はすぐに意気投合し、話が弾んだといいますが、お互いに特別な感情は抱いていませんでした。
そのため、ここでは何も進展がないまま夕食会は終わります。
2ヶ月後、レティシア王妃が重油流出事故をリポートしていたところ、現地を視察していたフェリペ国王と偶然にも再会。
環境問題に興味があるということでお互いにより親交を深め、2003年の春には本格的に交際が始まりました。
9月中旬には、当時のスペイン国王とソフィア王妃に交際を伝え、紹介されます。
当初は世間からの批判も
Embed from Getty Images交際は順調でしたが、ここで問題が発生します。レティシア王妃には様々な問題があったのです。
まず問題となったのが、民間人であること。これまでスペイン王室はハプスブルク家やブルボン家といった名門の中で継承されてきました。
それゆえに、レティシア王妃は初の民間出身者だったのです。ここで偏見が生じてしまうのは致し方ありません。
次に問題となったのが、離婚歴があること。レティシア王妃は高校時代の教師と10年間の交際の上ゴールインしましたが、1年足らずで離婚した経験があります。
カトリックを重視するスペインにとって、離婚はNG。「離婚歴のある民間出身の女性が将来的な王と結婚するのはありえない」と批判が殺到したのです。
当時のスペイン国王も猛反対し、結婚の道は閉ざされたように思いました。
周囲の反対を押し切り婚約
スペイン国王だけでなく世間からも批判が殺到し、お2人の真剣交際には大ブーイングが発生していました。
しかし、その反対の声に対しフェリペ国王は以下の有名な言葉を宣言します。
「彼女と結婚できないなら王冠を捨てても良い」
そして、周囲の反対を押し切って2003年の11月には婚約を発表しました。
成婚
Embed from Getty Imagesフェリペ国王の決意やレティシア王妃の姿勢もあり、当時のスペイン国王夫妻が理解を示すと徐々に賛同の声が挙がるようになりました。
2004年5月22日、フェリペ国王とレティシア王妃は結婚。
実に1906年以来となる、マドリードの守護聖母アルムデナを祭るアルムデナ大聖堂で結婚式や披露宴が行われました。
この頃には国民の好感度も上がっており、世論調査では90%以上が好意を示すほどになっていたといいます。
2ヶ月前にはテロが起きており、厳戒態勢の中での挙式でした。しかし、雨の中数万人がお2人の姿を見るために集まったといいます。テレビの放送は2,500万人以上が見守りました。
レティシア王妃と雅子さまの友情
日本の皇室とスペインの王室の交流は、非常に深いことで知られています。これまで何度も交流がありましたが、それは上皇ご夫妻の時も同じです。
その際に現天皇と皇后である雅子さまも一緒に交流しており、度々時を共にすることが多くありました。
その中で、スペイン語が堪能な雅子さまとレティシア王妃は、絆を強めていったといえるでしょう。
レティシア王妃と雅子さまは同じ民間出身であり、共通点が多いことも友情が芽生えた理由としてよく取り上げられます。
即位礼正殿の儀に出席後雅子さまを抱擁で激励
雅子さまが晴れて皇后となった即位礼正殿の儀の際には、レティシア王妃も来日して出席なさいました。
その際、雅子さまを熱く抱擁したことで大きな話題を集めています。
実はスペインでの挨拶は、女性の場合は右頬と左頬に2回キスするのが通例です。キスと一緒に抱擁をすることは、非常に親しい相手や友人との再会の喜びを表現しています。
つまり、即位礼正殿の儀での抱擁は雅子さまとの久々の再会を非常に喜んでおり、親しい関係にあることを証明しているのです。
そしてスペイン国内では、レティシア王妃はこの抱擁で親しみを込めた最大の慈しみと尊敬の念を表現したかったと報道されています。
レティシア王妃も雅子さまも民間出身で共通の苦労があった?
Embed from Getty Imagesレティシア王妃と雅子さまの絆がここまで強いのには、ある共通点が影響しています。それは、お2人とも民間出身の王族・皇族であり、共通の苦労があったということです。
ここではレティシア王妃の苦労を見ていきましょう。
結婚後も数々のスキャンダルに悩まされる
レティシア王妃は、結婚後も数々のスキャンダルがメディアによって報道され、大変なバッシングを受けた経験があります。
その中の1つは、スペインでは違法とされている妊娠中絶を受けたことです。
この真偽はわかっておりませんが、中絶に関わった弁護士のいとこが暴露本を出版するなど大きな騒ぎとなっています。
他にも、様々なスキャンダルが報道され心労が絶えなかったことでしょう。
フェリペ国王の母との不仲説も
Embed from Getty Imagesさらにもう1つ、フェリペ国王の母であるソフィア妃との不仲説も度々メディアで取り上げられます。
誤解を促すような報道も多く、実際のところ本当に不仲であるのかはわかりません。
しかし、こういった報道が流されることで国民の人気や信頼に影響が生じており、レティシア王妃は今も頭を悩まされていることでしょう。
レティシア王妃は紀子さまに対しては冷たかったって本当?

この記事でも度々取り上げている即位礼正殿の儀。その際に、来日したレティシア王妃が紀子さまに対し冷たい反応を取ったと話題になっています。
レティシア王妃は紀子さまとの挨拶と小話の後、紀子さまがフェリペ国王に挨拶をしようとする前を遮ってその場を立ち去ったのです。
確かに、この場面だけ見ると冷たい態度を取ったかのように見えます。
しかし、紀子さまが属する秋篠宮家とスペイン王室はほとんど関わりがありません。交流がないので、そこまで親しくないのです。
そのため、雅子さまへの対応と異なるのは仕方がないともいえます。挨拶と小話が終わったのであれば、その場を去るのもおかしくはないでしょう。
世界の王室の情報を知りたいなら
レティシア王妃と雅子さまについて、様々な情報をお伝えしましたがいかがでしたか?
レティシア王妃と雅子さまには共通項が多くあり、雅子さまがスペイン語が堪能であることも影響して、お2人は国を超えて強い絆で結ばれています。
即位礼正殿の儀での熱い抱擁はその親交の深さを証明するお姿です。
スペイン王室と日本の皇室は古くから交流がありましたが、雅子さまとレティシア王妃がいらっしゃれば、これからもお互いに支え合える関係でいられるでしょう。
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