秋篠宮家の長男悠仁さまの歩み|幼少時代・学歴・なぜ筑波大学附属高校なのかについても解説

ライターPOINT DE VUE JAPON編集部
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JAPAN – AUGUST 31: Prince Hisahito, Son Of Prince Akishino And Princess Kiko In Tokyo, Japan On August 31, 2007 – Japanese Prince Hisahito(R), the son of Prince Akishino and Princess Kiko (L) smiles in the arms of his mother Prince Kiko at his residence in Tokyo 31 August 2007 – Prince Hisahito, Japanese imperial family’s first male heir to be born in 41 years, celebrates his first birthday 06 August 2007. (Photo by Kurita KAKU/Gamma-Rapho via Getty Images)

秋篠宮ご夫妻の唯一の息子である、秋篠宮悠仁さまについてご存知でしょうか。悠仁さまの成長はテレビでも度々報道され、目にした方も多いのではないかと思います。

本記事では、秋篠宮悠仁さまのご誕生から現在に至るまでの歩みを紹介していきます。

悠仁さまのことが知りたいと思った方は、ぜひこの記事をご一読ください。

秋篠宮悠仁さまの歩み

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日本の皇族である秋篠宮悠仁さまは、2006年にお生まれになりました。それから現在に至るまで様々な出来事を経験され、皇族の一員として順調に歩まれています。

その歩みの始まりは、2006年9月6日までさかのぼります。

2006年9月6日に誕生

秋篠宮悠仁さまは、2006年9月6日にご誕生されました。父は秋篠宮文仁親王、母は同妃紀子さまです。

ご誕生されたのは、東京都港区にある愛育病院でした。皇室の方がご出産に愛育病院を利用されるのは、史上初めてのことであったといいます。

秋篠宮妃紀子さまはご出産に備えて愛育病院に入院されますが、胎盤の一部が子宮口を塞ぐ「部分前置胎盤」のため、早産や大量出血の危険があるとされました。

そのため、皇族初の帝王切開でのご出産となりました。予定日よりおよそ20日早いご誕生になりましたが、健康状態は母子ともに良好だったそうです。

悠仁さまご誕生時の身長は48.8センチメートル、体重は2558グラムでした。

ご誕生された当日には、皇室の伝統行事である「賜剣の儀」が行われたとされます。現在の上皇明仁さまより、健康の願いを込めて守り刀が贈られました。

命名の儀

 命名の儀とは、ご誕生より7日が経過した皇族に命名する儀式のことです。悠仁さまの命名の儀は、9月12日に執り行われました。

男性皇族の名前は、下に「仁」がつく漢字二文字であるという慣習が平安時代より続いています。そのことから、「悠仁(ひさひと)」と名づけられました。

「悠」という漢字は「ゆったりとした」「長い」という意味を示します。「悠仁」という名前は、「ゆったりとした気持ちで、長い人生を歩んでほしい」という願いが込められています。

秋篠宮悠仁さまのプロフィール・略歴

秋篠宮悠仁さまはどのような人物で、どのような人生を歩まれているのでしょうか。

プロフィール

秋篠宮悠仁さまは、日本の皇族の方です。皇族内における地位は「親王」、敬称は「殿下」とされます。

秋篠宮文仁親王と同妃紀子さまとの間に、2006年9月6日にお生まれになりました。ご夫妻にとって3人目のお子さまで、初めての男児となります。

姉は小室眞子さんと佳子内親王です。下の姉である佳子内親王とは、12歳ほど年が離れておられます。

昭仁上皇の孫にあたる悠仁さまは、皇位を継承される権利を有します。現在の皇位継承順位は、父の史仁親王に次ぐ第2位です。

皇族の方は、身の回りの品や調度品などに用いる「お印」と呼ばれるシンボルを、それぞれもっておられます。悠仁さまのお印は、命名の儀の際に「高野槙」に決められました。

高野槙は高野山に生える常緑樹で、日本の固有種です。直立に生長することから、「大きくまっすぐに育ってほしい」という願いを込めて選ばれました。

略歴

 悠仁さまは2006年にご誕生し、ご両親と2人の姉に囲まれて育ちました。

2010年4月には、お茶の水女子大学付属幼稚園にご入園されます。2011年には5歳を迎え、皇室の伝統儀式である「着袴の儀」と「深曾木の儀」を行いました。

「深曾木の儀」は、皇室男児のみが行われる儀式になります。悠仁さまの深曾木の儀は、文仁親王が行われて以来41年ぶりとなりました。

幼稚園をご卒業されると、2013年4月にお茶の水女子大学付属小学校にご入学します。2019年3月にご卒業し、同年4月にお茶の水女子大学付属中学校にご入学されました。

2022年4月には、筑波大学附属高等学校に進学されています。

秋篠宮悠仁さまは幼少時代どんな子供だった?

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 秋篠宮悠仁さまは幼少時代、ご家族に愛されて育ちました。唯一の男児であること、年が離れた末子であることなどから、ご両親も2人の姉も悠仁さまを可愛がったといわれます。

そんな中、悠仁さまは順調に成長されていきます。2歳頃になると簡単な言葉をしゃべるようになられ、音楽に興味を示して踊ったり歌ったりされたそうです。

また、幼少時代からの昆虫好きとしても知られています。庭で昆虫を見つけられると、何度も眺めるようにして遊ばれていたそうです。

成長した現在も昆虫好きは変わらず、トンボ類の生育環境の調査に取り組まれておられます。

秋篠宮悠仁さまの学歴は?

秋篠宮悠仁さまは、2023年に高等学校2年生になられます。これまで幼稚園や学校に通う中で様々なことを経験され、学びを深められていきました。

お茶の水大学附属幼稚園

秋篠宮悠仁さまは、2010年にお茶の水女子大学附属幼稚園にご入園されました。皇族の方の同幼稚園へのご入園は異例で、初めてのことでした。

皇族の方は学習院幼稚園にご入園をされることがほとんどです。悠仁さまの姉である眞子さんと佳子さまも、学習院幼稚園にご入園されました。

お茶の水女子大学を選ばれた背景には、秋篠宮妃紀子さまがお茶の水女子大学にて学術支援の活動を行っていることにあります。

また、秋篠宮ご夫妻は悠仁さまに同世代の子供たちと積極的に関わることを望まれたようです。そのため、3年一貫保育を行っている同幼稚園への通園を希望されました。

悠仁さまのご入園が決定したのは、一般募集ではなく特別入園制度によるものでした。入園式には秋篠宮ご夫妻もご出席されたようです。

キャンパスに隣接し緑に囲まれた幼稚園で、悠仁さまはのびのびとお過ごしになりました。

お茶の水大学附属小学校

2013年4月、悠仁さまはお茶の水女子大学附属小学校にご入学されました。幼稚園に続いて、皇族の方が学習院初等科以外にご入学されるのは戦後初めてのことでした。

悠仁さまは小学校生活6年間の中で、様々なことを学ばれました。その学びについて、卒業文集内の作文にて、「お茶小の六年間」と題して綴られています。

悠仁さまは自然との触れ合いを大切にされたそうです。緑が豊かな学校で植物や生き物と触れ合い、自然への理解を深められていきました。

作文の中央にも、「人は自然界の中で生きている」という直筆のメッセージが残されています。

お茶の水大学附属中学校

小学校をご卒業されると、お茶の水女子大学附属中学校へ進学されました。入学式が行われたのは、2019年4月のことです。

進学理由として、幼稚園から長年過ごしてきた環境を大切に思うこと・ご友人との関係などを挙げられました。

中学校に入学された悠仁さまは、勉学に励まれていた様子です。特に理科と社会を好み、進んで学習をされていたといいます。

2021年には、北九州市主催の「第12回子どもノンフィクション文学賞」に応募され、佳作を受賞されました。

応募された作文は、「小笠原諸島を訪ねて」と題されたものでした。小学校5年生のときに紀子さまと小笠原諸島を訪ねた際の思い出などが綴られています。

筑波大学附属高等学校

 悠仁さまは幼稚園から中学校まで、お茶の水女子大学附属学校で過ごされてきました。しかし、同大学附属高等学校は女子校であるため、別の学校に進学されることになります。

ご入学されたのは筑波大学附属高等学校です。2022年4月に入学式が行われました。

名門である同校で学びを深められ、将来に活かされることが期待されています。

なぜ学習院ではなく筑波大学附属高校に進学されたのか?

秋篠宮悠仁さまが筑波大学附属高校に進学されたことには、ある理由が考えられます。

提携校進学制度により筑波大学附属高校に進学

悠仁さまのご入学が決まったのは、「提携校進学制度」によるものでした。この制度は、お茶の水女子大学と筑波大学の連携によって成立した制度です。

この制度では、お茶の水女子大学と筑波大学の附属学校に通う生徒が、進学のタイミングで「交換入学」という形で他方の学校に入学することができます。

悠仁さまは十分な成績などを修められていることから、中学校よりこの制度に推薦されています。その後選考を受けられ、一般受験生と共に学力検査も受けられました。

その結果、筑波大学附属高校への進学が決定しています。

学習院以外の高校は戦後初となった

 幼稚園・小学校・中学校・高等学校と、これまでの皇族の方のほとんどが、学習院に進学されています。学習院以外の高校に進学されたのは、悠仁さまが戦後初めてとなりました。

大学も学習院に進まれた方が多いですが、悠仁さまの姉の眞子さんは国際的基督教大学に進学されています。次女の佳子さまも、同大学へご入学されました。

悠仁さまが高校をご卒業される際にはどちらの大学に進学されるのか、注目が集められています。

秋篠宮悠仁さまが皇位継承する可能性は?

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 秋篠宮悠仁さまは皇室の血を引いた人物であるため、皇位を継承できます。また、現在皇室の中で唯一の男子であるため、皇位継承の可能性が高いです。

現在の日本では、女性は天皇に即位することができません。しかし、男性皇族が減少している今、その仕組みを変えようとする動きがみられています。

皇位継承については、皇室の中でも非常に注目を集めているポイントです。今後の悠仁さまをはじめとする皇族の方には、より関心が寄せられるでしょう。

2022年10月に1人で伊勢神宮をご訪問される

 2022年10月1日、秋篠宮悠仁さまは伊勢神宮に参拝されました。伊勢神宮へのご訪問は2013年以来2回目で、初めて単身で参拝されています。

伊勢神宮は皇室の氏神、「天照大御神」を祀る神社です。そのため、皇室との強い繋がりをもつ神社となります。

悠仁さまは最初に外宮を参拝された後、内宮への参拝に向かわれました。内宮では、正殿の門の前で玉串をささげ、礼拝を行ったとされています。

参拝の後は、伊勢市の神宮美術館をご訪問されたそうです。当時美術館で開催されていた伊勢神宮に関する特別展を鑑賞され、知見を広められました。

皇室について知りたいなら

秋篠宮悠仁さまはこれからもますます成長し、皇族として立派なお方となっていくでしょう。今後のご活躍が注目されます。

そんな悠仁さまをはじめとする皇室に興味がある方は、ぜひ詳しく調べてみてください。知識を身につけることで、皇室のさらなる魅力に気づけることでしょう。

当サイトでは、皇室や皇族について詳しく紹介しています。興味をもたれた方は、ぜひ他の記事もチェックしてみてください。

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