イタリア王家の現在は?イタリア王国の歴史や末裔についてもご紹介します

ライターPOINT DE VUE JAPON編集部
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かつてのイタリアは、王国であったことをご存じでしょうか。イタリア共和国になる前は、ヨーロッパの名家が統治を行っていました。

当時イタリアを治めていた王家は、現在どのように過ごしているのでしょうか。

本記事では、現在のイタリア王家についての情報をはじめ、イタリア王国の歴史などを解説しています。本記事を読むことで、イタリア王家についての情報が得られるでしょう。

イタリア王国や王家について興味のある方は、ぜひご一読ください。

イタリア王家の現在とは?

イタリアは現在、王政の国ではありません。1946年に共和制に移行するまでは、サヴォイア家という王家が統治していました。

サヴォイア家はヨーロッパの中でも名門の王家です。11世紀のウンベルト・ビアンカマーノを始祖とし、次第に権力を増していきました。

現在のサヴォイア家の当主は、イタリアの王位請求者となっています。また、主たる活動として慈善活動を行っています。

イタリア王国の歴史

現在のイタリアは共和制ですが、かつては王政のイタリア王国として栄えていました。ここからは、イタリア王国が成立してから共和制に移行するまでの歴史を紹介していきます。

イタリア王国が成立したのは1861年

イタリア王国の歴史の始まりは、1861年まで遡ります。それまでのイタリアは、オーストリア帝国やフランスが支配する小国が多数存在している状態でした。

そのような中、ヨーロッパ各地で1848年革命と呼ばれる革命運動が行われます。イタリアでは、サヴォイア家が統治するサルデーニャ王国が主導となって革命が行われました。

この革命運動をきっかけにイタリア統一運動が行われ、1859年にイタリア独立戦争が勃発します。戦争でサルデーニャ王国がオーストリア帝国を破り、北イタリアを統一しました。

その後、ジュゼッペ・ガリバルディという人物が南イタリアを征服し、一部の地域を除いてイタリアの統一が完了しました。そうして1861年に成立したのがイタリア王国です。

イタリア王国の初代国王として、サヴォイア家のヴィットーリオ・エマヌエーレ2世が即位しました。

普仏戦争・ローマ遷都

1870年、プロイセンとフランスによる普仏戦争が勃発しました。この戦争が原因で、フランスが占領していたローマ教皇領から撤退します。

フランスの撤退後、イタリア王国がローマ教皇領を占領しました。それに伴って首都が遷移し、1871年にイタリア王国の首都がローマになりました。

チュニジア問題・三国同盟

1881年、フランスがチュニジアに侵攻しました。その侵攻をきっかけに、1882年にドイツ帝国・オーストリア帝国・イタリア王国で三国同盟が結ばれます。

三国同盟の締結後、イタリア王国は各地の植民地化を進めるようになりました。1896年にはエチオピアに侵攻しますが、イタリア王国の敗北に終わります。

1911年にはオスマン帝国領リビアの植民地化を狙い、オスマン帝国と伊土戦争を開始します。この戦争に勝利したイタリア王国は、リビアを併合することとなりました。

第一次世界大戦

1914年、ヨーロッパでは第一次世界大戦が勃発します。この戦争では、同盟国側と協商国側に分かれて戦闘が行われました。

イタリアは同盟国側のドイツ帝国・オーストリア帝国と三国同盟を結んでいましたが、オーストリア帝国との領土問題を理由に協商国側に味方しました。

戦争では協商国側が勝利し、イタリア王国は戦勝国となります。それによって、イタリア王国は国際社会での地位を高めることとなりました。

第二次世界大戦後王政が廃止に

第一次世界大戦の終結後、イタリア王国ではベニート・ムッソリーニによってファシスト党が成立しました。これにより、ファシズムが台頭する時代が訪れます。

イタリア王国はドイツとの関係を深めていき、1939年に勃発した第二次世界大戦でもドイツ側の勢力として戦争に参加しました。

第二次世界大戦中にムッソリーニは解任され、バドリオ政権が成立します。1943年9月8日、バドリオ政権は無条件降伏に調印しました。

戦後のイタリア王国内では、国王がファシズムの台頭を容認していたことから、サヴォイア家の求心力が低くなっていたようです。

1946年6月に王政廃止に関する国民投票が行われ、僅差で王政の廃止が決定しました。これによりイタリアは共和制へ移行し、現在まで続くイタリア共和国となっています。

イタリア王国最後の王・ウンベルト2世とは

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イタリア王国を最後に統治していたのは、ウンベルト2世と呼ばれる人物です。

第二次世界大戦が行われていた当時、ウンベルト2世はまだ国王に即位していませんでした。戦争終結前には摂政として、連合国との交渉などの活動を行っています。

戦争の終結後、イタリア国内では王政の廃止に対する声が大きくなっていました。

国民投票が行われることが決まると、父のヴィットーリオ・エマヌエーレ3世が退位し、ウンベルト2世が即位することとなりました。

しかし、国民投票の結果で王政は廃止することに決定します。ウンベルト2世は、1946年5月9日から6月12日までの非常に短い期間の在位となりました。

王位の廃止後は国外への追放を余儀なくされ、家族とともにポルトガルへ亡命しています。その後、2002年に祖国への帰国を果たしました。

現当主はヴィットーリオ・エマヌエーレ・ディ・サヴォイア

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現在サヴォイア家の当主となっているのは、ウンベルト2世の息子であるヴィットーリオ・エマヌエーレ・ディ・サヴォイアという人物です。

まだ王政の時代であった1937年に王子として誕生しましたが、9歳のときに王政の廃止が決定しました。

王政の廃止の決定後、サヴォイア家は国外に追われることとなりました。最初はポルトガルへ亡命しましたが、父と母の別居に伴ってスイスへ移住しています。

王政の廃止後は、共和国政府によってイタリアへの入国を禁じられていました。

それに対してヴィットーリオは反発し、共和国政府と対立しました。最終的に、王政復古を行わないことを条件として、2002年にイタリアへの入国が許されるようになります。

国王になることはありませんでしたが、ヨーロッパの名家であるサヴォイア家の当主であることから、ヨーロッパ内では一目置かれる存在となっているようです。

イタリア王家の末裔

サヴォイア家の現当主以外にも、イタリア王家の末裔は存在しています。そして、それぞれの末裔が異なる活動を行っているようです。

ここでは、イタリア王家の3人の末裔について紹介していきましょう。

エマヌエーレ・フィリベルト・ディ・サヴォイア

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エマヌエーレ・フィリベルト・ディ・サヴォイアは、サヴォイア家の現当主であるヴィットーリオ・エマヌエーレ・ディ・サヴォイアの息子です。

エマヌエーレ・フィリベルトは、王政廃止後に父が亡命した先であるスイスのジュネーヴで、1972年に誕生しました。

2002年には父とともにイタリアへ入国し、初めてイタリアの地を踏みしめました。帰国直後から政治参加への意欲を見せ、様々な政治活動を行っています。

また、実業家としての一面ももっています。服飾ブランドの展開やフードトラック事業の進出などを行い、様々なシーンで活躍しているそうです。

なお、現在イタリア王太子の請求権をもち、サヴォイア家の家長の立場やその他の請求権をもつ立場にあります。

ヴィットーリア・ディ・サヴォイア

ヴィットーリア・ディ・サヴォイアは、エマヌエーレ・フィリベルトの娘です。2006年にスイスのジュネーヴで誕生しました。

フランス女優のクロティルド・クローを母にもち、ルイーザ王女という妹も誕生しています。

現在はSNSで情報を発信し、世界中の人々の関心を集める存在となっています。

アイモーネ・ディ・サヴォイア=アオスタ

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アイモーネ・ディ・サヴォイア=アオスタもまた、サヴォイア家の一員です。かつてのイタリア国王の親戚にあたります。

父はアメデーオ・ディ・サヴォイア=アオスタで、父がアオスタ公を名乗るようになったこことにより、アイモーネもアオスタ公を名乗るようになりました。

2021年に父のアメデーオが死去したことにより、現在はサヴォイア公の称号を継承しています。

王女ヴィットーリア・ディ・サヴォイアはインフルエンサーでもある

先に紹介したヴィットーリア・ディ・サヴォイアは、インフルエンサーとして有名です。イギリスのロンドンに在住しながら、SNSに数々の写真を投稿しています。

サヴォイア家の中でも、特に注目を集めている存在です。ここからは、ヴィットーリア王女についてもう少し詳しく紹介していきましょう。

父はエマヌエーレ・フィリベルト、母は仏女優のクロティルド・クロ―

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ヴィットーリア王女の父はエマヌエーレ・フィリベルト、母は仏女優のクロティルド・クローです。ルイーザ王女という妹もおり、家族4人の仲睦まじい姿も公開されています。

ヴィットーリア王女の姿は幼いころから写真を通して人々の目に触れ、多くの人の関心を集めています。

また、成長した現在もSNSに数多くのフォロワーをもち、人々に注目されている存在です。SNSではファッションのことを中心に、様々な事柄について発信しています。

2020年には称号も得ている

インフルエンサーとして人気の彼女ですが、サヴォイア家の一員としても注目されています。

2020年1月、彼女の祖父にあたるヴィットーリオ・エマヌエーレが、王室の継承法の改定を行いました。これによって、女性でも王室の当主になれることとなりました。

つまり、ヴィットーリア王女が父の次に王室の当主を継承することとなります。継承が行われれば、イタリア王室の歴史上初めて女性が王室の当主を継承することになります。

2020年3月には、カリニャーノ女侯イブレーア女侯爵の称号も与えられました。同時に、妹のルイーザ王女にキエーリ女侯とサレーミ女伯爵の称号が与えられています。

称号を得たヴィットーリア王女の活動には、これからますます注目が集まることでしょう。

世界の王室についてもっと知りたいなら

イタリア王室以外にも、世界には数多くの王室が存在しています。イギリスやスペインなど、王室について知ることで国についての知見も広がっていくでしょう。

また、世界の王室を知ることは、イタリア王室への理解を深めることにもつながります。王室同士の関わりなど、各国がどのように交流を深めて来たのかを調べてみましょう。

当サイトでは、世界各国の王室について詳しく紹介しています。興味をもった方は、ぜひ当サイトの他の記事をチェックしてみてください。

世界の王室について詳しく知って、世界への理解を深めていきましょう。

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