
エリザベス女王に、降りかかる不本意な悲劇は、数々ありますが、その中でも、イギリス王室に想像以上にダメージの大きい悲劇を考えてみたい。所詮イギリス王室のこと、全ては詳ではないが、闇の中から、微かに覗く、イギリス王室の悲劇の姿であります。
1981年世界が祝福一色に染まり、世界のTVの視聴者を釘付けにしてしまった、世紀の結婚、イギリス皇太子と生粋のイギリス人貴族出のダイアナ妃との結婚式ほど、世界から祝福され、地球規模で、注目され話題になった結婚式は、後にも先にも無いのではなかろうか?それがあろう事か一転し、バッキンガム内で、不仲、不倫、離婚と舞台は目まぐるしく変り、最後はあってはならない、2人のお子様を残しての愛憎悲劇の結末に至るのであります。その悲劇の実態はいまだに詳らかではなく、イギリス王室の闇と言われています。
ダイアナ交通事故の悲劇は、当日,突然、予定の無い運転を要請された運転手アンリが、即死。その事故の車ベンツC600は、直前迄に盗難されていて、発見された時は、ブレーキ、スピードメーターブレーキリリースが、パワーハンドル、コンピュータ関連などに異変あると、パリのベンツの下請け工事で修理され、要人用に、リッツホテルが、レンタルして、2週間前に修理から戻ってきた、怪しい車両であったこと。更にテレビコメンテーターの、竹田恒存氏が、『あの事故のベンツC600は、自分の友人の会社の車で、事故について色々聞かされているが、彼から、話さないように、話すと命が危ないと、言われるている』と、事故の車について、謎めいた物騒なコメントを、テレビで話している。
更に事故を起こしたC600のドイツのベンツ本社が、アクセル、ブレーキの不具合など、修理から戻された経緯を、事件解決のためにフランス警察へのベンツ社からの捜査協力の申し出があったにも拘らず、当局が理由もなくそれを拒んだ謎、事故当時、事故現場のトンネル内で、疾走するダイアナ妃の乗るベンツに近づいた、白のウーノは、事故のベンツC600の裏のナンバープレートにウーノの塗料が附着していて、所有者は検挙され、尋問途中、謎のイタリア車の白ウーノ、オーナーの、自殺の謎。更に、ダイアナ妃の事故から何年もたった2013年8月17日に、イギリス特殊部隊に所属していた、特殊狙撃兵、ダニ–•ダイチンゲールが、ダイアナ妃の暗殺計画に関わったと、本人の身分を証し告白し、世界を震撼させましたが、12月17日即刻、ロンドン警視庁は、正式なコメントを出し、何ら証拠がない噂話しだと報告しています。その日の内の、余りにも早いロンドン警視庁の対応に、謎が残っています。
ダイアナ暗殺の、もう一件の告白は、パリでがんを患い、療養中の余命幾ばくもない老人の、自分はイギリスの工作員で、ダイアナ妃は、自分達のチームが担当し、暗殺したとの謎めいた告白事件がありました。当時その老人にインタビューした記者の、殺人の罪の意識は無いのか?との問いに答え、被害者は若かったので、悪いと思ったが、国のため、国の命令に従った迄だと、冷酷に淡々と答えている。元イギリスの諜報機関の工作員の、ダイアナ妃暗殺を、死を直前に告白した謎は深く、この告白は、その後どう処理されたかは、明らかにされていなく、謎として残ったままであります。最後に1番謎の大きいのが、事故当時、唯一、シートベルトを着用していたので助かった、事故の生存者ドデイのガードガードマン、トレーバー•リーズ•ジョンズが、事故後一回もマスコミの前に現われることなく。パリからドディの父、モハメド•アルファイドの特別機で、早々に故郷に帰ったと伝えられただけで、その消息は杳としと不明のまま、今日に至ってるのは最大の謎であり、マスコミの執拗な追跡捜査にも関わらず、生きているのかも、全く消息不明と言われている?
ダイアナ事故の事件は風化するどころか、益々その闇は深く、ダイアナ妃の事故の実態の謎は、イギリス王室に、深く影を、落としている。