ダイアナ妃は、様々な場面で王室に新しい慣習をつくった事で知られています。
その一例として教育については、家庭教師が宮廷内のみで行うという王室の伝統的な教育スタイルを一変させ、子供達を一般の私立学校に通わせて様々な経験をさせました。
また、こういった教育における改革だけでなく、社会的弱者に対する支援をしたり、地雷原へ自ら出向いて地雷撤去の支援を行うなど、人道支援においても人々の役に立つために行動力を発揮しました。
この様に、ダイアナ妃の魅力は美しさのみならず、内面の強さや慈しみの心があり、彼女の功績は世界中の人たちの記憶に鮮烈に刻まれ、今もなお愛され続けています。
そして、ダイアナ妃が精一杯の愛情を注いだウィリアム王子とヘンリー王子は、ダイアナ妃と同じように内面に優しさと強さを持ち合わせる立派な大人へと成長しています。
今回は、ダイアナ妃がどの様な子育てをしてきたのかを、深堀りしてご紹介しますので是非ご覧ください。
ダイアナ妃ってどんな人?
Embed from Getty Imagesダイアナ妃は貴族の生まれながらにして、掃除の仕事や幼稚園で働いたことのある社会人経験を持つ初めてのイギリス王室メンバーであり、庶民的な感覚が理解できるプリンセスです。
子供の頃から明るく陽気で優しい心を持っており、外見も心も美しい女性です。
しかし、両親の離婚や夫となるチャールズ皇太子とカミラ夫人の不倫関係など、数々の困難が彼女を苦しめます。
そんな中でも、愛情深い母親・人道支援活動家・ファッションリーダーとして、持ち前の明るさと優しさで世界中の人々から愛されるプリンセスへ成長を遂げました。
ダイアナ妃の経歴や子育てについて、詳しく見ていきましょう。
ダイアナ妃の経歴
Embed from Getty Imagesダイアナ妃はイギリスの名門貴族であるスペンサー伯爵家の三女として、1961年に生まれました。本名は母親の名前であるフランシスをとり、ダイアナ・フランシス・スペンサーといいます。
イギリスのノーフォーク州サンドリンガムのパークハウスと呼ばれる屋敷で、幼少期をのびのびと過ごしました。
パークハウスの周辺は、緑地と湖がある自然豊かな環境で、動物を愛する優しい心を持った少女へと成長していきました。
一方、1969年にはダイアナ妃が8歳の時に両親の離婚が成立し、父親に親権がゆだねられたため、母との別れを経験することになります。
10代後半はロンドンに活動の拠点を移し、伯爵の令嬢でありながらダンスのインストラクターや幼稚園の先生として一般人と変わらない生活をしていたダイアナ妃でしたが、チャールズ皇太子と出会い人生が一変します。
1981年、20歳の時に13歳年上のチャールズ皇太子と結婚し、王室の一員プリンセス・オブ・ウェールズへの変貌をとげたのです。
しかし、結婚生活は順風満帆には行きませんでした。今まで一般人と同じ様な生活をしていたダイアナ妃は、王室の生活に馴染むことができずにストレスを感じ始めます。
都会的な考えのダイアナ妃と、宮廷の中で育ったチャールズ皇太子とは趣味や意見が合わなかったのです。
2人の間に意見の食い違いが増え始めた頃、1982年に長男のウィリアム王子が誕生しました。
夫妻はウィリアム王子に愛情を注ぎました。子育てについて熱心に学び、この時のダイアナ妃とチャールズ皇太子は、ウィリアム王子の誕生によって再び絆を深めたのです。
1985年に次男のヘンリー王子が誕生しました。この時、チャールズ皇太子は女の子を待望していたため、ダイアナ妃は出産まで男の子であることを隠していました。
チャールズ皇太子は、ヘンリー王子を見たときに赤毛の男の子が生まれたことに落胆したのでした。
我が子を愛情いっぱいに迎えたダイアナ妃にとっては、チャールズ皇太子の反応は冷たく「結婚の終わりの始まり」という言葉が出るほどでした。
次第にチャールズ皇太子への尊敬と信頼が薄れて行く中、ダイアナ妃は王室の一員としてあるべき姿になるのではなく、自分らしく生きることに価値観を見出す様になります。
1986年、学生時代から人の役に立つことに喜びを感じていたダイアナ妃は、慈善活動を始めました。
1991年には、当時は触れると感染するといわれていたAIDS患者の病床へ訪問し、素手で握手することで偏見をなくそうと努力しました。
1997年1月にはアフリカのアンゴラの地雷原を自ら歩き、地雷廃止活動を行ったり、現地の人を笑顔で励ましている姿は世界中の人々へ地雷撲滅への関心を高めたのです。
その後もハンセン病患者の救済など、金銭的な援助にとどまらず自ら行動をするチャリティ活動を続け、1997年に36歳という短い人生の幕を閉じるまで自分らしく生きるという強い信念を貫きとおしました。
ダイアナ妃の結婚・離婚について
Embed from Getty Imagesダイアナ妃とチャールズ皇太子の出会いは、ダイアナの姉セーラとチャールズ皇太子が交際していたことがきっかけでした。
1977年、スペンサー家が暮らしていたオルソープ邸で行われたライチョウ狩りで、セーラがダイアナにチャールズ皇太子を紹介したのが初めての出会いです。
それから3年後の1980年の夏に再会した2人は、わずか5ヵ月と12回のデートを経て1981年2月に婚約を発表しました。
1981年7月29日、セント・ポール大聖堂にて世界が注目するロイヤル・ウェディングが行われました。
19歳のダイアナ妃は若くて人形の様に美しく、軍服姿の凛々しいチャールズ皇太子と共に馬車でパレードをする姿はイギリス国民のみならず、世界中の人を魅了したのです。
しかし、この結婚式の3ヵ月前から、既にダイアナ妃はチャールズ皇太子がカミラ・パーカーと親密な関係にあることに気が付いていました。
チャールズ皇太子から密かに贈られるカミラ夫人へのプレゼントや密会、そして、王室でのプレッシャーによってダイアナ妃は摂食障害を起こすようになります。
1987年頃からチャールズ皇太子とカミラ夫人は不倫関係に発展し、ダイアナ妃もまた心の拠り所を求め、乗馬インストラクターのジェームズ・ヒューイットと不倫関係となりました。
1992年12月にダイアナ妃とチャールズ皇太子は別居状態となり、その6年後の1996年8月に離婚成立となったのです。
ダイアナ妃の1番目の息子・ウィリアム王子
Embed from Getty Images続いて、ダイアナ妃の最初の息子であるウィリアム王子についてご紹介します。
プロフィール
チャールズ皇太子とダイアナ妃の第1子であり、将来のイギリス国王としての期待を背負いながら、生まれました。
2歳になると、ロンドンにある民間の保育園に通い始め、4歳で幼稚園にあたるプレ・プレップスクールに入学します。
イギリス王室では伝統的に家庭教師が幼少期の教育を行っていましたが、ダイアナ妃は王室の考え方には反対でした。
ダイアナ妃は幼稚園の先生であったこともあり、同年代の子供たちとの学びの環境が大切であるという考えから、伝統を打ち破ってウィリアム王子を一般の教育機関へ入学させました。
バークシャーにある小学校で時代を過ごした後、13歳になると名門男子校のイートン校へ入学し、その後はスコットランドのセント・アンドルーズ大学へ進学します。
専攻は美術史でしたが、途中で地理学に変更しました。地理・生物・歴史が得意科目です。大学生活では「ウイリアム・ウェールズ」と名乗り、極力目立たない生活を送りました。
また、イギリス王室は伝統的にイギリス軍に入る習わしがあるため、父チャールズ皇太子と同じく、2006年にサンドハースト国立陸軍士官学校で訓練を受けています。
そして、大学卒業後には大学のルームメイトであったキャサリン・ミドルトンと紆余曲折した交際期間を経て、結婚しました。
サッカーが趣味であり、イングランド・サッカー協会の会長を務めています。
家族
Embed from Getty Images妻であるキャサリン妃の間に、2013年7月22日にジョージ王子が誕生しました。その後、2015年5月2日に第2子であるシャーロット王女、2018年4月23日に第3子のルイ王子が誕生しました。
2017年にはジョージ王子が、そして2019年にはシャーロット王女がロンドン南部にあるトーマスバタシ―校へ入学し、ダイアナ妃がそうした様に子供達を学校へ通わせています。
ウィリアム王子は育児にも積極的に関わっています。ジョージ王子の入学時は、キャサリン妃がルイ王子を妊娠していたため、ウィリアム王子が学校への付き添いを代わりに行いました。
家族はいつも一緒という夫妻のポリシーの元、子供達と料理を楽しんだり、アウトドアへいったりと家族の絆を大切に温かい家庭を築き上げています。
ダイアナ妃の2番目の息子・ヘンリー王子
Embed from Getty Images続いて、ダイアナ妃の2番目の息子であるヘンリー王子についてご紹介します。
プロフィール
チャールズ皇太子とダイアナ妃の第2子で、ウィリアム王子の弟です。兄と同じ貴族の通う名門イートン校を卒業した後は大学へ進学せず、オーストラリアの牧場で勤務したり、アフリカ南部のレソト王国の孤児院で働きました。
兄ウィリアム王子と同じくサンドハースト国立陸軍士官学校で軍事を学び、卒業後は近衛騎兵連隊ブルーズ・アンド・ロイヤルズへ配属されます。
2007年末からはアフガニスタンのタリバン掃討作戦で、前線でタリバン部隊への爆撃を誘導する任務に就くなど、危険を伴う軍役も行いました。2015年の除隊時の階級は「陸軍大尉」です。
2018年に知人を介して知り合ったアメリカ人女優のレイチェル・メーガン・マークルと結婚し、それと同時にサセックス公爵の称号を与えられました。
その後、2020年に王室を離脱を発表。イギリス王室との確執が取り沙汰される中、カリフォルニア州に移住し、アメリカとイギリスを行き来する生活をしています。
家族
Embed from Getty Images2019年に長男アーチ―が、2021年には長女リリベットが誕生しました。
2020年の王室離脱後、一家の拠点はアメリカとなり王室の公務からも離脱したため、講演会を専門とするエージェントと契約を交わして夫妻で講演会を行うなどして、経済的な自立をはかっています。
ダイアナ妃の子育てルールとは?
Embed from Getty Imagesダイアナ妃の子育てにおける願いは、王室の考え方に捉われることなく、一般市民と同じ感覚を身につけて欲しいという事でした。
子供達には一般の人と同様の生活をして、人々の感情や不安や苦悩、そして将来の夢までも理解できる、思いやりのある大人になることを望んでいたのです。
それゆえに、ダイアナ妃は王室の古い伝統に捉われず、自分の考えを持って子育てに取り組みます。
テーマパークのアトラクションに子供達と一緒に乗ったり、ファーストフード店にも足を運ぶこともありました。この様に、子供達に普通の生活を体験させる機会を多く持っていました。
自然分娩
これまでのイギリス王室の分娩方法は、トワイライト・スリープと呼ばれる無痛分娩で、モルヒネ等を使用した妊婦を睡眠状態にして出産を行う、妊婦・新生児共に死亡するリスクが高い方法でした。
エリザベス女王やヴィクトリア女王もこの方法を選択し、宮殿内で出産しています。
しかし、ダイアナ妃はその伝統に沿わず、ロンドンのパディントンにあるセント・メアリー病院での自然分娩を選択します。
更に、産後すぐに子供を抱いて病院の外へ歩いて行き、出産会見を行い世の中の人々を驚かせました。
海外公務は子供も同伴
Embed from Getty Imagesかつてのイギリス王室の子供達は、両親が公務で国内や海外へ様々な所へ出かけるために親と離れ離れになる事が多くありました。
エリザベス女王の場合、生後6ヵ月であったチャールズ皇太子を宮殿に置いて出かけたり、海外公務の半年間にわたり子供達を乳母に任せていたというエピソードもあります。
ダイアナ妃はその慣習を変え、ウィリアム王子が生後9ヵ月の時、初めてオーストラリアとニュージーランドに6ヵ月に渡る公務へも連れて行きました。
ベビーシッターを同行させ、ウィリアム王子と一緒に行動したことで可能な限り子供達との時間をつくりました。そして、ヘンリー王子も生後間もなくベネチアへ訪問しています。
1991年3月には、ウィリアム王子は8歳で初めて公務に正式参加し、ウェールズを訪問しました。
その後もラグビー観戦に子供達を連れて行ったり、1992年4月には映画のプレミア出席の際に一緒にレッドカーペットを歩いたり、子供達と様々な経験を共にしたのです。
公務中も子供を優先
公務に子供達を連れて行くことがあっても、ダイアナ妃は子供達の事を一番に考えていました。大勢の前に子供と一緒に出ることがあっても、まずは王子達を優しく気遣いました。
そして、ダイアナ妃は公務以外の時間でも出来るだけ子供達との時間をつくっていました。スケジュールには今日の子供達の様子がびっしりと書かれていたそうです。
学校教育
Embed from Getty Imagesいままでの王室の慣習では、宮殿内で住み込みの家庭教師を雇い、彼らに子供達の教育を任せていましたが、ダイアナ妃はこの慣習を変えて子供達を学校に通わせました。
ダイアナ妃は、子供達が2歳になるとモンテッソーリ教育を取り入れているウエスト・エーカー保育園へ通わせます。
その後、4歳で幼稚園にあたる私立のプレ・プレップスクールへ、8歳からは小学校のウェザビー・スクールへ入学します。
忙しい公務と両立して、子供達の送り迎えの付き添いを毎日自ら行ったことも世の人々の共感を呼びました。
ダイアナ妃は、子供達にはまずは教育を通じて、1人の人間として教養と豊かな心を持った人になってほしいと考えていました。
子育ては自分で行う
Embed from Getty Imagesダイアナ妃は子育てをナニーと呼ばれる育児専門家へ任せきりにせず、なるべく自分が携わる様にしています。
外で遊具で遊ばせたり、ピアノの練習の付き添いをしたり、普通の家庭と同じように子供達へ愛情を注ぎました。
ダイアナ妃は毎年冬になると、子供達とオーストリアのスキー場でスキーを楽しみ、海外にも子供達を連れて行き家族との時間を大切にしました。
イギリス王室の子育てとは
伝統的にイギリス王室では、幼少期の子育ては母親ではなくナニーという教育と育児の専門家が行うという慣習があります。
そして、子育ての環境も宮殿内のみであり、一般の人と一緒に学校へ通うこともありませんでした。
エリザベス女王も、チャールズ皇太子の育児中は、公務で留守にすることが多かったため住み込みの家庭教師に教育を任せています。
この様に、イギリス王室では子育ては乳母や家庭教師に任せるという慣習が定着していました。
しかし、ダイアナ妃をきっかけにキャサリン妃も、自ら子供達を育てるというスタイルへ変化していきました。
キャサリン妃もダイアナ妃の育児に影響を受けている?
Embed from Getty Imagesキャサリン妃は子育てをナニーに任せるのではなく、極力自分で育てる様にしており、ダイアナ妃と同様に一般的な生活を経験させる教育方針を取り入れています。
出産をセント・メアリー病院で行い、家族でスキーに出かけたり、子供達の洋服にはダイアナ妃と同じようなファッションを取り入れたりと、ダイアナ妃の影響を受けて育児スタイルを引き継いでいるといえるでしょう。
キャサリン妃とウィリアム王子夫妻は、子供達に出来る限り安心して幸せに暮らして欲しいと考えています。
そして、様々な経験をさせるべく、ダイアナ妃と同じように幼い頃から保育園や幼稚園へ通わせ、小学校へも進学させました。
公務にも子供達を帯同したり、家族で一緒の時間を楽しんだり、ダイアナ妃がそうしたように、笑顔の絶えない家族関係を築き上げています。
世界の王室ではどんな風に子育てをしているの?
他の国々にはそれぞれの国の慣習に合った子育てがありますが、ひとつの例としてスペイン王室とデンマーク王室を見てみましょう。
スペイン王室のフェリペ6世とレティシア妃が子育てで大切にしていることは、一般家庭と同じような生活を送ることと学校行事へ両親が参加するということです。
保護者会や学校行事には普通の家庭と同じように参加し、なるべく一般的な家庭の子育てを心がけています。
また、デンマーク王室の王位継承順位1位のフレデリック王太子とメアリー妃は、子育てで大切にしていることは、自主性です。
困難に直面した時に、周囲が手助けをしてくれたとしても、自分の考えを持って乗り越えられる芯のある人に成長してほしいという願いがあります。
ダイアナ妃が子育てルールにおいても言えるように、1人の人として豊かな人間性を育てる育児が、子供達の豊かな人生をはぐくみ、人々から支持されるリーダーの誕生へと繋がるのではないでしょうか。
世界の王室の内情をもっと知りたいなら
今回はダイアナ妃の生涯や育児についてご紹介しました。
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