
さまざまな分野で活躍されている皇族の方々の中で、日本文化に特に精通されているのが三笠宮家の長女彬子女王殿下です。
彬子女王殿下は女性皇族として初めて海外の大学で博士号を取得した才女としても有名な方です。
しかし実際にどのような方なのかよく知らないという方もいることでしょう。
今回は女性皇族の一人、彬子女王殿下について詳しく解説します。
彬子女王殿下はどんな人物?

彬子女王殿下は「ヒゲの殿下」で親しまれていた三笠宮寬仁親王殿下の長女として誕生された女性皇族です。
長年日本文化に関する研究をされているだけでなくスポーツ振興に関わる公務にも取り組み、文化・芸術分野で広く活躍されています。
三笠宮家の方々はスポーツ振興や医療・福祉分野での活動も広く行われている中で、彬子女王殿下はどのような活動をされているのでしょうか。
生い立ちやこれまでの来歴から彬子女王殿下のお人柄を深掘りしていきます。
生い立ち
Embed from Getty Images彬子女王殿下は三笠宮家の第一子の女性皇族です。まずは彬子女王殿下の生い立ちからご紹介します。
彬子女王殿下は三笠宮家の長女
彬子女王殿下は1981年12月20日に三笠宮寛仁親王殿下の長女として誕生されました。
今上陛下の再従妹にあたり、現在の皇室典範が制定されて以降初めての女性皇族として注目されました。
皇族が衣装など自身の身の回りの品に用いるシンボルマークであるお印は「雪」を用いられています。
2004年に学習院大学文学部史学科を卒業されてからはオックスフォード大学へ留学され、学問の道へと進まれました。
未婚の皇族女性で最年長
彬子女王殿下は2023年1月時点での未婚の皇族女性では最年長にあたります。
留学されていた頃から交際されていた研究員仲間の方と噂になったこともあります。
しかしその方とは破局となり、その後は公務と研究に専念されているようです。
三笠宮家のメンバー

彬子女王殿下の生家である三笠宮家は大正時代から続く宮家ですが、どのような方々がいらっしゃるのでしょうか。
続いて三笠宮家の方々を紹介します。
昭和天皇の弟にあたる三笠宮崇仁親王殿下
三笠宮家初代当主は、昭和天皇の弟にあたる三笠宮崇仁親王殿下です。
大正天皇の四男であり、上の3人の兄とは年齢が10歳以上離れていました。
四男ということで皇位継承の可能性は低く、成年された1935年に「三笠宮」の宮号を賜っています。
歴史学者としても活躍されており、特に中東地域におこったメソポタミア文化など古代オリエント史を中心に研究されていました。
2016年に102歳で薨去され、正確な記録が残る皇族の中では初めて100歳を迎えられた人物でもあります。
「ヒゲの殿下」で親しまれた三笠宮寬仁親王殿下
「ヒゲの殿下」として三笠宮家の中でも広く国民に親しまれていたのが三笠宮寬仁親王殿下です。
バラエティ番組やラジオなどにも出演したことがあり、破天荒な人柄で知られています。
また、スポーツ関連や医療・福祉に関わる団体の役員を多く務めておられました。
特に競輪では寬仁親王牌・世界選手権記念トーナメントなど、自身の名前を冠する大会もあります。
崇仁親王殿下の嗣子だったため宮号は賜らないまま結婚後に三笠宮家から独立し、自身を当主とする寬仁親王家として生計を立てていました。
2012年、寬仁親王は父である崇仁親王殿下より先に薨去し、それにともなって寬仁親王家は三笠宮家に統合されています。
皇族最年長の崇仁親王妃百合子殿下
崇仁親王妃百合子殿下は崇仁親王の妻であり、現在の皇族の中で最年長の女性皇族です。
華族令嬢として1923年に誕生し、1941年に崇仁親王と結婚されました。
生家は平安時代の歌人として名高い藤原俊成や藤原定家を祖先としているお家柄でした。
上皇陛下の存命する唯一のおばにあたり、夫である崇仁親王が薨去された2016年からは三笠宮家当主を務められています。
2022年には白寿を迎えられ、現在でも皇室会議予備会員として活動されています。
麻生太郎氏の妹、寬仁親王妃信子殿下
彬子女王殿下の母親にあたるのが寬仁親王の妻、信子殿下です。
元内閣総理大臣であり、現在も政界で活躍している国会議員麻生太郎氏の実の妹にあたります。
高校生の頃に寬仁親王から求婚され、8年の時を経て1980年に成婚されました。
2004年から病気のため療養される期間が長く、2012年の寬仁親王薨去の際にも喪主は第一子である彬子女王殿下が務めています。
その後、2013年の秋に公務へ復帰され、日本童謡学会の名誉総裁を務められるなど積極的に活動されています。
寬仁親王殿下の第2女子・瑶子女王殿下
瑶子女王殿下は彬子女王殿下の妹にあたる女性皇族です。
1983年に誕生し、2003年に成年後から宮中行事や祭祀への出席や公務にも取り組まれています。
さらに2006年から2012年の6年間、女性皇族としては初めて日本赤十字社に嘱託社員として常勤勤務されていました。
この期間には彬子女王殿下の留学や父母の闘病も重なっていましたが、両親や姉の代わりの公務も務められています。
オックスフォード大学への留学

彬子女王殿下はイギリスの名門大学、オックスフォード大学へ留学されていました。
女性皇族の中では珍しく長年学問研究に邁進されている彬子女王殿下の留学時代について解説します。
女性皇族で初の博士号を取得

彬子女王殿下は2004年にオックスフォード大学へ留学し、女性皇族としては初めて海外の大学からの課程博士号を取得されています。
海外の大学で博士号を取得したのは皇族の中でも秋篠宮文仁親王に続いて2番目であり、非常に珍しいことでした。
オックスフォード大学では日本美術史を専攻し、主に海外へ流出した日本美術に関する調査や研究を行われていました。
日本美術や日本文化に関する研究は現在も行われており、全国各地で精力的に活動されています。
留学生活をつづった本を出版されている
彬子女王殿下は留学生活をつづった『赤と青のガウン ―オックスフォード留学記―』を出版されています。
2015年にPHP研究所から出版されており、留学中の生活をテンポの良い語り口で綴られた、彬子女王殿下のお人柄を知ることのできる1冊です。
この本の中で留学中に抱えていた苦悩や異国の地での発見、学友たちとの交流、皇族ならではのエピソードなどが素直に綴られています。
日本文化を伝えるための「心游舎」を創設

彬子女王殿下は子どもたちに日本文化を親しんでもらうための活動にも長年取り組まれています。
実際にどのような活動をされているのか、具体的にご紹介します。
現在は京都で生活されている

オックスフォード大学にて博士号を取得し、留学から帰国されて以降は主に京都を拠点に研究活動を行われています。
彬子女王殿下が特に取り組まれていたのが美術品のデジタル化に関する取り組みです。
帰国後は立命館大学衣笠総合研究機構のポストドクトラルフェロー(ポスドク)に就任しています。
そこでは日本文化デジタル・ヒューマニティーズ拠点日本文化研究班に所属されていました。
その後には銀閣寺として有名な慈照寺の研修道場美術研究員としても活躍されています。
そこでは現代の日本の生活様式にも深く影響している東山文化を伝える取り組みとして講座の企画や機関紙の編集なども行われていました。
2015年からは京都産業大学日本文化研究所の専任研究員として勤務されています。
また京都市立芸術大学客員教授としても活動されており、京都を拠点として日本文化に関する研究に専念されています。
さらに研究者としての研究論文の発表だけでなく、一般向けの著作やシンポジウムでの発表など日本文化伝承のため精力的に活動されているのです。
2020年からは千葉工業大学の特別教授も務められています。
そこでは8世紀に世界から渡来した文化が日本の当時の文化へどのように影響したのかなどの研究も行われています。
全国で精力的に活動中
京都を拠点に研究されている彬子女王殿下ですが、全国各地で精力的に活動されています。
彬子女王殿下と思いを同じくする有志によって立ち上げられた団体が「心游舎」です。
「心游舎」は主に子どもたちに日本の伝統文化や芸能を体感してもらうためのワークショップを全国各地で開催しています。
2012年に設立された同団体では能や歌舞伎などの伝統芸能のほかに伝統工芸の体験も行われており、幅広い日本文化に触れることができます。
また自然に触れ合う中で日本の伝統的な生活を知るため、田植えや稲刈りなどの農業体験に関する活動も行っています。
今後もご結婚はされない?

彬子女王殿下は三笠宮家の長女としても強い責任感を持たれている方です。
現在は薨去された父寛仁親王殿下に代わって宮家を支えようと日々邁進されています。
現在の皇室典範では女性皇族は結婚をすると皇籍離脱すると定まっています。
しかし、三笠宮家には彬子女王殿下以外には妹の瑶子女王殿下のお二人のみです。
そのため、お二人とも結婚すると三笠宮家に後継ぎがいなくなってしまうことも懸念されています。
また彬子女王殿下は多くの公務にも積極的に取り組まれており、結婚後も公務を続けることへ意欲を示されている女性皇族のお一人です。
さらに、日本文化の研究だけでなく公務としてスポーツ振興に関わる活動も行われています。
父寬仁親王の名前を冠した寬仁親王牌・世界選手権記念トーナメントでは優勝者へカップを授与するなども取り組まれているのです。
この他にも2019年には日本ラグビーフットボール協会の名誉総裁に就任されるなど、スポーツ分野での活動も積極的に行われています。
これらの活動から彬子女王殿下が皇族として三笠宮家の責務をしっかりと果たそうと尽力されているお人柄が窺い知れます。
彬子女王殿下は日本文化に精通した知的な女性

彬子女王殿下は日本文化を熱心に研究されているとても知的な女性です。
皇族の女性の中でも研究活動に邁進されている方は珍しく、全国各地で研究員や大学教授として活躍されています。
日本文化を広く親しんでもらうための活動もされており、日本文化への深い造形と文化の伝承に対する彬子女王殿下の思いを感じられます。
また研究の傍ら皇族としての公務も見事に果たされており、三笠宮家の長女としての責任感の強さが感じられるでしょう。
皇室のメンバーをもっと知りたいなら

今回は三笠宮家の長女、彬子女王殿下について解説しました。
彬子女王殿下は日本文化の研究や文化の伝承のための活動を精力的に行われている傍ら、皇族として公務も欠かさず取り組まれています。
彬子女王殿下だけでなく皇室の方々は幅広い分野で活躍されており、その内容は多岐に渡ります。
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