
チャールズ皇太子(現国王)とカミラ夫人の結婚は賛否両論あり国内外で大きな話題になりました。なぜ、注目されたのかはチャールズ皇太子の前妻ダイアナ妃も関係します。
2人の出会いから結婚までの道のりや結婚当初の世論などもわかりやすくご紹介します。また、ダイアナ妃のイメージが強く、カミラ夫人について詳しく知らない方も多いでしょう。
そのような方へカミラ夫人のプロフィールも合わせて解説しますので、ぜひ読んでみてくださいね。
チャールズ皇太子とカミラ夫人の出会いとは
チャールズ皇太子は、カミラ夫人との出会いは、1972年に共通の友人ルチア・サンタ・クルズに紹介された説が有力です。
2人がどうやって惹かれあったのか、なぜすぐに結婚しなかったのか気になりますよね。出会った当初の関係やその後の関係性を紹介します。
チャールズ皇太子は交際相手の友人
チャールズ皇太子と出会ったとき、カミラ夫人は後の夫アンドリュー・パーカー・ボウルズと交際していました。アンドリューはチャールズ皇太子と同じポロチームに所属していました。
つまり、カミラ夫人にとってチャールズ皇太子は交際相手のチームメイトであり友人です。しかし、チャールズ皇太子はカミラ夫人の気取らない接し方に惹かれ、2人の距離は近づいていったようです。
そして、カミラ夫人はチャールズ皇太子と交際を始めます。このとき、アンドリューは陸軍少佐として海外におり、一時的な遊びだったのでは、と共通の知人が話しています。
海外派兵で関係にピリオド
逢瀬を重ねていた2人ですが、チャールズ皇太子の王室海軍加入で関係が変化します。チャールズ皇太子は海軍艦へ乗り込み8ヶ月もの間イギリスを離れることになってしまったのです。
その際、チャールズ皇太子は「待っていてほしい」と伝えなかったことなどからカミラ夫人はアンドリューと復縁してしまいます。そもそも、身分などの差から2人は結ばれることが難しいと感じていた、という噂もあります。
カミラ夫人は若いときから花嫁修業を行なっていました。また、お金持ちと結婚することを幸せと考えていた、と友人が語っていることから結婚に対し強い気持ちがあったようです。
1973年3月にカミラ夫人はプロポーズしてくれたアンドリューと結婚し、盛大に結婚式をあげています。このときチャールズ皇太子は傷心し、カミラ夫人へ悲しみの手紙を送ったようで円満に別れたわけではないようです。
カミラ夫人のプロフィール
Embed from Getty Imagesカミラ夫人は1947年7月17日、父親ブルースと母親のロザリンドの第1子としてロンドンで生まれました。父親は元陸軍将校でしたが転職しワイン商として成功しています。
父親の家系はインドの織物を輸入販売することで財を成しており、商売に関する知識があったようです。母親は第3代アシュコーム男爵ローランド・カルバート・キュービットの娘と比較的裕福な家庭に産まれました。
16歳からスイスとフランスにあるフィニッシングスクールへ通います。フィニッシングスクールとは未婚の若い女性が結婚する前に社交界で必要な教養やマナ―などを学ぶ場所です。
勉強よりも料理や化粧・マナー・社交術などを学ぶ花嫁修業学校のような場所です。イギリスへ帰国後は学んだことを活かし、秘書として働きながらも社交界のイベントに参加し人脈を広げていきました。
父親が経営するワイン会社で一度目に結婚したアンドリューの弟が勤めており、彼と出会ったようです。そこから、ずっと付き合っていたわけではなくくっついたり離れたりを繰り返していました。
アンドリューも自由奔放な面があり、チャールズ皇太子の妹アン王女と交際していたことがあり、一時期チャールズ皇太子・カミラ夫人・アンドリュー・アン王女の四角関係だったとされています。
カミラ夫人は1973年3月にプロポーズされたことをきっかけにアンドリューと結婚します。このときカミラ夫人は25歳でした。その後1974年に息子トーマス、1978年に娘ローラも授かっています。
その後チャールズ皇太子もダイアナ妃と結婚し、関係は終わったかのように思われましたが、1992年にカミラとの通話が盗聴・リークされ不倫していたことが明らかになります。
当時カミラ夫人はアンドリューと別居しており、その後離婚しました。そして、2人はダイアナ妃の死後数年経過した1999年に交際を公のものにしました。
その後2人は2005年に婚約を発表し、国内外で多くの公務や慈善事業に従事しています。
資産家の長女
カミラ夫人は元英国陸軍将校陸軍少佐のブルース・シャンドとその妻ロザリンド・モードの間に生まれました。父親のブルースは陸軍少佐から転職しワイン商になります。
母親のロザリンドは第3代アシュコーム男爵ローランド・キュービットの娘で貴族の家系です。カミラ夫人はこのような裕福な家庭の長女として誕生しました。
曾祖母はイギリス王室ともつながっているといわれるほど由緒正しい家系の出身でした。
性格は奔放?
カミラ夫人はフィッシングスクール時代、好奇心旺盛で自由奔放な性格だったといわれています。しかし、現在は一歩引いて献身的にチャールズ皇太子をサポートしている姿が度々みられています。
公務にも全力で取り組んでおり、国民からの印象も良くなってきているようです。
倹約家でも有名
カミラ夫人は、倹約家としても有名です。元々両親の遺産などもあり裕福だったカミラ夫人ですが、物を大切にする性格ではないかといわれています。
なぜなら、彼女は公務などで同じかばんを何度も使う姿を度々目撃されているからです。王族の方は毎回違うものを使用していることもあります。
また、女王の座に興味が無いとされており、資産などはあまり関心が無いようです。物を大切にする姿勢は一部の国民から賞賛の声が上がっています。
チャールズ皇太子とカミラ夫人の結婚までの道のり
先ほど紹介しましたが、カミラ夫人はダイアナ妃よりも先に出会い、交際していました。
しかし、2人はチャールズ皇太子の王室海軍加入をきっかけに破局し、互いに別の相手と結婚します。
そのような2人がどのような経緯で結婚まで至ったのか解説します。
W不倫関係
2人は結婚後も逢瀬を重ねていたとされています。その期間は30年以上と長い間に渡ったともいわれています。
チャールズ皇太子の元妻であるダイアナ妃は結婚当初から、カミラ夫人との不倫関係を知っていたようです。しかし、いつかは愛のある生活がやってくると夢見て結婚生活に励みます。
しかし、報われることは無く精神的に追い詰められていったようです。次男のヘンリー王子が産まれた頃には結婚生活が破綻しており、修復は困難な状態だったといわれています。
電話での会話が流出
チャールズ皇太子とカミラ夫人の電話での会話が流出しました。「君のタンポンになりたい」という発言はイギリスだけでなく世界中に衝撃を与えました。
当時、日本でも髪型や服装を真似する女性が多数いるくらい支持されていたダイアナ妃。そのような憧れのプリンセスが浮気されていたという事実が、連日ニュースや新聞で報道され注目を集めていました。
この大きなスキャンダルは、タンポンのブランド名から通称「タンパックス・ゲート」や「カミラ・ゲート」と呼ばれています。
スキャンダルの後、チャールズ皇太子とダイアナ妃は正式に別居生活を送ると発表しています。
それぞれの婚姻解消
チャールズ皇太子とダイアナ妃夫婦だけではなく、カミラ夫人とアンドリュー夫婦も関係が破綻しており、カミラ夫人は1995年に離婚しました。
後を追うようにチャールズ皇太子とダイアナ妃も1996年に離婚します。そこから、チャールズ皇太子とカミラ夫人は逢瀬を重ねていったとされています。
30年越しの結婚
その後2人はすぐに結婚することはありませんでした。チャールズ皇太子とダイアナ妃の離婚後、翌年の1997年にダイアナ妃が不慮の事故で亡くなってしまいます。
息子でもあるウィリアム王子やヘンリー王子が非常に心を傷めました。ウィリアム王子とヘンリー王子は後にテレビ番組の取材などでダイアナ妃との思い出を語っており、仲は良好だったようです。
だからこそ、チャールズ皇太子は公にカミラ夫人と関係を持つことを控えるようになります。
しかし、カミラ夫人をあきらめることは無く、息子たちや他のロイヤルファミリーに受け入れてもらえるよう努力していました。そして、2005年にカミラ夫人と30年越しの結婚をしました。
2人の結婚へのイギリスの反応
Embed from Getty Imagesチャールズ皇太子とカミラ夫人の結婚は、イギリスにおいて賛否両論がありました。ダイアナ妃の人気が高いことや、不倫のスキャンダルが印象的で、カミラ夫人は「愛人」というイメージが強いためです。
ダイアナ妃とチャールズ皇太子の結婚生活を邪魔した悪女として非難されることもありました。
そのような否定的な意見が多くあることを理解し、結婚後は皇太子妃と名乗らず「コーンウォール公爵夫人」という名を使用していました。
カミラ夫人の好感度が上がった理由
カミラ夫人の好感度が上がった理由として、次のようなものが挙げられます。
- 故エリザベス女王が認めたため
- 公務などへ懸命に取り組んでいるため
真摯に公務へ取り組む姿などから好感度が上がってきているようです。これは毎年行われている好感度調査の結果からもわかります。
現在の好感度は王室5位
カミラ夫人の現在の好感度は、おそらく個人的な意見に基づくものであり、正確な推定はできません。また、好感度調査は度々行なわれているため変動します。
人気調査では王室メンバーに対し支持する・支持しない・関心が無いの3つの割合が出されて、カミラ夫人を支持する人が増えてきています。しかし、やはりダイアナ妃の影響か否定的な人もまだまだ多くいるようです。
しかしカミラ夫人へ期待する声も多く「王妃としていい仕事をするか?」というアンケートの結果は約50%の人が「いい仕事をするだろう」と答えています。
好感度調査の結果も毎年上昇傾向なのでこれから、より国民へ受け入れられるようになる可能性がありますね。
好感度が上がった理由は?
カミラ夫人のカミラ夫人の好感度が上がった理由として、次のようなものがあるでしょう。
- 故エリザベス女王が認めたため
- 公務などへ懸命に取り組んでいるため
故エリザベス女王が「王妃」として認められた?
Embed from Getty Imagesエリザベス女王はカミラ夫人とチャールズ皇太子の結婚当初あまり肯定的な意見ではありませんでした。実際に再婚当初は「関わりたくない」等の発言をしており、カミラ夫人への印象が良くなかったようです。
しかし、カミラ夫人の努力でエリザベス女王の気持ちにも変化が見られました。その証拠に2022年2月に「忠実に公務に励むカミラが王妃の称号で呼ばれるようになることを私は心から祈っています」と話されました。
高齢のエリザベス女王に代わって多くの公務を引き継ぎ、ひたむきに取組んできた努力をしっかり見ていたのでしょう。国民の中には女王が言うなら受け入れる、といった意見もあります。
それほど故エリザベス女王の意見は強いのでしょう。長い間女王として君臨し、常に国民に愛されてきた女王が認めたなら、という理由でカミラ夫人の好感度が上昇していています。
カミラ王妃の元夫・子女は?
カミラ夫人の元夫アンドリューは離婚してから1年後、長年の間愛人関係だったローズマリー・ピットマンと結婚しました。若いころはプレイボーイといわれるほどの遊び人だったようです。
結婚後も浮気をしていたため、カミラ夫人との仲が険悪なのかと思いきや、必ずしもそうではないようです。アンドリューとローズマリー夫婦はチャールズ皇太子とカミラ夫人との結婚式に出席しています。
近年でも王族が参加するイベントへ出席し、かつて交際していたアン女王と会話したり、アン王女の娘でありエリザベス女王の孫にあたるザラとハグをする場面が目撃されています。
アンドリューとアン王女は宗教上の問題で結婚ができなかったため、真剣に交際していたわけではなさそうです。しかし、趣味が合うようで50年もの間友人関係が続いています。
カミラ夫人との間にできた子供は長男のトムと長女のローラです。ローラは先ほど解説した通り、アートギャラリーを設立するなど美術関連の仕事で活躍しています。
息子のトムは料理評論家やコラムニストです。トムが本を出版した際に、アンドリュー含め家族全員出席するなど離婚後も交流が続いています。
カミラ夫人は他にも度々子供たちと交流する場面を目撃されており、家族を大切にする性格といわれています。
話題豊富なイギリス王室について知りたいなら
今回はカミラ夫人とチャールズ皇太子の結婚までの経緯をご紹介しました。イギリス王室は話題が豊富で、度々日本でも話題になっています。
当サイトでは王室に関する話題を詳しく解説しています。イギリス王室に関する記事もあるのでぜひ読んでみてくださいね。