タイ国王ってどんな人?本名と敬称・時代ごとの出来事について詳しく解説します

ライターPOINT DE VUE JAPON編集部
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BANGKOK, THAILAND – MAY 05: Thailand’s newly crowned King Maha Vajiralongkorn is carried in a golden palanquin during the coronation procession on May 5, 2019 in Bangkok, Thailand. Thailand held its first coronation for the first time in nearly seven decades as King Maha Vajiralongkorn, also known as Rama X, was crowned on Saturday following an extended mourning period for King Bhumibol Adulyadej, who died in October 2016 at the age of 88. The elaborate three-day ceremony reportedly cost around $31 million as King Vajiralongkorn circled around parts of Bangkok on a royal palanquin after being presented with a gold 7.3-kilogram crown and a sacred nine-tiered umbrella. (Photo by Linh Pham/Getty Images)

タイ王国は、東南アジアに位置する国の1つです。日本では旅行先としての人気が高く、毎年多くの人が訪れています。

そんなタイを治める人物である、タイ国王についてご存知でしょうか。日本で報じられる機会は少ないため、知らないという方も多いでしょう。

本記事では、タイ国王について詳しく説明していきます。タイ国王に興味がある方は、ぜひチェックしてください。

タイ国王ってどんな人?

現在のタイ国王は、チャークリー王朝の第10代の国王で、ラーマ10世という人物です。2016年10月に即位しました。

父親のラーマ9世国王は、プミポン国王という敬称で多くの国民に慕われていました。プミポン国王の在位期間は70年間にも及び、これはタイ王国の中でも最長の期間です。

プミポン国王が2016年10月13日に崩御すると、長男であるラーマ10世が即位することになりました。しかし、ラーマ10世は追悼のために即位を遅らせたいと主張します。

その結果、崩御から50日経ってから正式に即位することになりました。王位が空くという異常な状況に、タイ国民には不安を抱いた人も多かったようです。

そんなタイ国王は、破天荒な人物として知られています。数々の王室らしくない振る舞いによって、批判的な目で見る人も少なくありません。

本名

タイ国王の本名は、マハ-・ワチラロンコン・プラワチラクラーオチャオユーフアといいます。タイ人の名前はとても長いことで有名です。

特に王室のメンバーの名前は、複雑で長い名前の傾向にあります。それは、タイの歴史・文化・伝統を反映した名前であるからです。

敬称

タイ国王は本名の一部からとって、ワチラロンコン国王と呼ばれます。王太子時代にもワチラロンコン王太子と呼ばれていました。

タイ国王の出生

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誕生したのは1952年7月28日です。ラーマ9世国王とシリキット王妃の第2子として生まれました。

4人兄弟の長男で、姉が1人と妹が2人います。男性がラーマ10世だけであったことから、王位は自然と彼に継承されることになりました。

幼少期はバンコクで就学し、その後にイギリス・オーストラリアへ留学しました。そこで王室としての振る舞いを学びながら、幅広い教育を受けます。

王太子時代の出来事

ラーマ10世は、1972年に王太子としての地位を得ました。それから国王に即位するまでのおよそ44年の間、様々な出来事が起こっています。

8ヶ月のオーストラリア留学

ワチラロンコン王太子が最も留学をした国は、オーストラリアです。幼少時代にもオーストラリアへ留学していましたが、王太子になってからも留学を行っています。

キャンベラにある陸軍士官学校で学び、軍人としての経験を積みました。その後一時帰国しますが再びオーストラリアへ渡り、8ヶ月の間軍事について学び続けます。

そんな王太子は、アメリカ軍・イギリス軍・オーストラリア軍でも軍人として訓練を受けました。共同軍事演習の指揮をしたこともあります。

訓練や勉強を重ねる中で、王太子はパイロットの資格を取得しました。そのため戦闘機の操縦ができるほど、軍人としてのキャリアがあります。

昭和天皇との繋がりで公務に参加

タイ王室と日本の皇室の繋がりの歴史は長いです。その歴史は50年以上にもなり、お互いに親善を深め続けています。

王太子は何度か日本を訪れています。1989年に行われた昭和天皇の大喪の礼に参列し、翌年の上皇陛下の即位の礼にも参加しました。

この繋がりもあり、1901年には上皇陛下が即位後初めて訪問する先にタイ王国が選ばれました。

その他にも、王太子は日本に関する公務を行っています。国王になってからも公務は行われており、タイと日本の友好関係はこれからも深められていくでしょう。

生誕60周年の100バーツ紙幣の発行

王太子は2012年に60歳の誕生日を迎えました。それを記念して、タイ中央銀行は100バーツ紙幣の発行を行いました。

その記念紙幣は、当時流通していた100バーツ紙幣の裏面に王太子の姿を印刷したものです。枚数として、1000万枚が発行されました。

なお、同年には王太子の母であるシリキット王妃が80歳の誕生日を迎えます。それに伴って、王妃の記念紙幣も発行されました。

王妃の記念紙幣は120バーツです。表面には国王夫妻の姿、裏面には王妃の姿が印刷されていました。

タイには、王室メンバーの生誕周年を祝って記念紙幣を発行する文化があります。それは国民から王室へ感謝・敬愛の気持ちを伝えるためです。

つまり、タイの国民にとって記念紙幣は特別な意味をもつ大切なものになります。

国王時代の出来事

ラーマ10世は2016年10月に即位します。しかし、正式な即位までには少し期間が空き、12月1日に即位が正式に決定しました。

戴冠式を挙げたのは即位からおよそ2年半経ってからのことです。式には莫大な資金が投じられ、式をはじめに関連する祝賀行事も盛大に執り行われました。

そうして国王に即位したラーマ10世ですが、国王になってからも様々な出来事が起こっています。

新国王就任に伴い、新憲法へ署名する

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ラーマ10世が国王に就任すると、新憲法が施行されました。タイ王国では1932年に立憲君主制に移行してから繰り返し憲法の改正が行われています。

タイ国王が署名したものは、20番目の新憲法でした。2017年4月6日の式典で署名は行われ、その様子はテレビで生中継されています。

新憲法は民政復帰を目指したもので、民主主義に基づいて案がつくられました。その憲法案は2016年8月に国民投票で可決されています。

しかしその後、新憲法案はタイ王室の希望によって修正されました。修正点は、国王が摂政を任命せずに海外へ出られることなどです。

この憲法が施行された結果、タイ国王は国外に自由に行き来し、長く滞在できるようになりました。

日本の天皇皇后と会見

王太子の頃から繋がりがあった日本の皇室と、国王となってから再び交流をすることになります。

2017年2月28日から、当時の天皇皇后両陛下はベトナムへ国際親善訪問をしていました。この訪問は、第二次世界大戦の戦没者慰霊の目的で行われました。

訪問が終わり、両陛下は5日からタイを訪問します。前年にプミポン国王が崩御したことを受け、弔意をタイ国王に伝えるためです。

その際、タイ国王と両陛下は3人のみで会談を行いました。国王の意向で、通訳を介さないものであったそうです。

この出来事をきっかけに、タイ王室と日本の皇室はますます親善を深めたと考えられています。

ドイツでの滞在

新憲法の施行により、タイ国王は外国に長く滞在できるようになります。ラーマ10世はドイツがお気に入りで、即位後から定期的に滞在するようになりました。

ドイツにはタイ国王の別荘があります。アルプスのシュルタンベルクに位置するその別荘は、1200万ユーロという高額な価格で購入されました。

2017年6月10日、ドイツ滞在中のタイ国王に事件が勃発します。ミュンヘン郊外をサイクリング中、ドイツ人の10代の少年2人に狙撃されたのです。

幸い、BB弾による狙撃であり、国王に当たることもありませんでした。周囲の人々への被害もなかったそうです。

そんな事件もありながら、タイ国王は長年ドイツを愛し続けています。その愛は、タイにほとんど帰国せず、1年の大半をドイツで過ごした経験もあるほどです。

発行貨幣の変化

タイ国王が即位してしばらく経った2018年、新しいバーツ紙幣が発行されることになりました。新バーツ紙幣は、タイ国王の肖像が印刷されたものです。

発行が始まったのは、現王朝であるチャークリー朝の創設記念日の4月6日です。20バーツ札・50バーツ札・100バーツ札の発行がされました。

続く7月28日に、500バーツ札・1000バーツ札が発行されます。この日はタイ国王の誕生日で、記念やお祝いの気持ちを込めて発行が実施されました。

タイ国王の家族構成

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タイ国王の家族構成は、複雑なことで有名です。それは、4度の結婚を繰り返し、複数人の子供が誕生したためです。

最初に結婚したのはソームサワリーという女性です。この女性は国王の従姉妹にあたり、王室に決められた相手、すなわち許嫁として結婚しました。

2人の間には女児が1人誕生します。しかし、王室に決められた結婚であったことも手伝って、離婚に至りました。

次に結婚した相手は、元女優のスチャーリニーという人物でした。彼女との関係は、離婚が成立する前から始まっていたといわれます。

4人の息子と1人の娘が誕生しますが、2年という短い歳月で離婚します。離婚後のスチャーリニーは、子供たちと一緒にアメリカで暮らしているそうです。

3番目の相手は、元ダンサーのシーラットという女性でした。1人の男児が誕生しています。

2001〜2014年まで結婚生活は続きますが、結局離婚してしまいました。

4度目の結婚は、戴冠式の直前に行われました。王妃となったのは、タイ国際空港の元客室乗務員であるスティダーという女性です。

スティダー王妃は客室乗務員を経た後、陸軍に入隊し将軍にも任命されています。現在は王妃として、国王をサポートしているようです。

子供

スティダー王妃との間に子供はいませんが、タイ国王はこれまで3度の結婚で子供をもうけました。その人数は、男児が5人・女児が2人の計7人です。

タイで王位を継承する権利は、男性が有することが優先されます。ところが、2番目に結婚したスチャーリニー元妃との間の子供は、国王が親権を放棄しています。

そのため、王位継承の権利が最も優先されるのは、シーラット元妃との子供であるティパンコーンラッサミチョート王子です。

王子はドイツに留学し、王室としての資質を身につけるために勉強しています。ドイツに滞在することが多い国王とは、何度も交流をしているようです。

新型コロナウイルスとの関係

新型コロナウイルスが流行した2020年、タイ国王は王妃とともにほとんどの時間をドイツで過ごしています。アルプス山脈が見えるグランドホテルを貸し切り、拠点としました

その目的は、感染症対策であったといわれています。王妃に加え、数百人の側近と共に隔離生活を行いました。

2022年にはタイ王国に戻り、多くの公務を行っています。しかし、12月16日の夜に受けた検査で新型コロナウイルスの検査で王妃とともに陽性になりました。

軽症でほとんど症状はみられなかったようですが、しばらく休養をとっています。

タイ国王について詳しく知りたいときは

タイ国王について、日本のニュースなどで報道される機会は少ないでしょう。詳しく知りたいときは、自分で調べることが必要になります。

本やウェブサイトで調べることで、タイ国王に関する知識を身につけることができるでしょう。ぜひ積極的に調べてみてください。

当サイトの他の記事でも、世界各国の国王について紹介しています。一読することで、国王に関する知識が身につけられるでしょう。

もっと詳しく知りたいときは、タイ王国に足を運んでみることもおすすめです。現地でしか学べないことや経験できないことを通して、学びを深めていってください。

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