シャルレーヌ公妃ってどのような人?シャーロット公妃の特徴やモナコ王室について詳しく解説します。

ライターPOINT DE VUE JAPON編集部
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
MONACO – JULY 01: Princess Charlene of Monaco looks on after the civil ceremony of the Royal Wedding of Prince Albert II of Monaco to Charlene Wittstock at the Prince’s Palace on July 1, 2011 in Monaco. The ceremony took place in the Throne Room of the Prince’s Palace of Monaco, followed by a religious ceremony to be conducted in the main courtyard of the Palace on July 2. With her marriage to the head of state of Principality of Monaco, Charlene Wittstock has/will become Princess consort of Monaco and gain the title, Princess Charlene of Monaco. Celebrations including concerts and firework displays are being held across several days, attended by a guest list of global celebrities and heads of state. (Photo by Pascal Le Segretain/Getty Images)

シャルレーヌ公妃は、元競泳のオリンピック選手時代を経て、出身の南アフリカ共和国からモナコ王室へと嫁いだ女性です。

世界中のロイヤルレディの中でも際立つ美貌を持つシャルレーヌ公妃について、「もっと知りたい」「気になる」と考えている人は多いのではないでしょうか。

この記事ではシャルレーヌ公妃がどのような人なのか、特徴やモナコ王室についてもくわしく解説していきます。

シャルレーヌ公妃ってどのような人?

シャルレーヌ公妃(Her Serene Highness The Princess of Monaco(平静平安なるモナコ公妃殿下)は、モナコのアルベール大公の妻です。

1978年にジンバブエで生まれ、南アフリカに移住した後、2011年にアルベール大公と結婚モナコ公国の王妃となりました。

南アフリカに移住したのは彼女が12歳の頃で、水泳選手として活躍し、2000年には南アフリカ代表としてシドニーオリンピックに出場しました。

出場した種目は競泳女子4×100mメドレーリレーで、5位に入賞しています。

また、現役時代から水泳のコーチとしての一面も持っており、経済的な理由や障害を持っている子どもたちに泳ぎ方を教えるチャリティー活動を積極的に行ってきました。

その功績が認められ、2011年にはドイツのチャリティ賞である「ゴールデンハート」を受賞しています。

アルベール大公と出会ったのは、2000年に大公がモナコで主催した水泳の競技会にシャルレーヌ公妃が選手として出場したのがきっかけでした。

2006年に2人は正式に交際を発表し、2011年に結婚しました。このときアルベール大公は53歳、シャルレーヌ公妃は33歳でした。

それまで独身を貫いていたアルベール大公をモナコ政府は「ロイヤル存続に関わる」と危惧していましたが、結婚して3年後には双子の姉弟が誕生し国中が喜びに包まれました。

幸せな家庭を築いてきた2人でしたが、シャルレーヌ公妃は心身の疲労により2021年に病気療養のためスイスの療養施設に入り、約6ヶ月間公務を休んでいます。

その後2022年3月にモナコへ帰国し、公の場へ姿を見せました。ある雑誌のインタビューでは、「(まだ健康状態は完全でないため)今は家族と自分の健康を優先したい」旨を語っています。

シャルレーヌ公妃の特徴は?

Embed from Getty Images

現在はモナコ公国の王妃であるシャルレーヌ公妃ですが、結婚前は競泳選手であり、南アフリカ代表として2000年開催のシドニーオリンピックで活躍しました。

さらに水泳コーチとしても現役時代から同時進行で行っており、特に慈善活動を積極的に行ってきました。

経済的な理由でスイミングスクールに通えない子どもたちや身体障害を持つ子どもたちに、泳ぎ方を教えたのです。

「泳ぎ方が身についていれば、水難事故で子どもが命を落とさなくて済む」と彼女は語っています。

またシャルレーヌ公妃のもうひとつの大きな特徴として、美貌があげられます。誰もが見惚れるような美しい顔立ちとスタイルは世界中で話題となり、注目されてきました。

ファッションの話題性も高く、ときには個性的なデザインで人々を楽しませています。

高いスポーツ能力と美貌を兼ね備えた王妃として、多くの人から支持されているのが特徴です。

出身はジンバブエ

シャルレ―ヌ公妃(元の名前:シャーリーン・リネット・ウィットストック)はジンバブエで生まれ、南アフリカ共和国のハウテン州で育ちました

父のマイケル・ウィットストックはドイツ系およびイギリス系移民の子孫です。

1999年に南アフリカ開催の競泳大会で金メダルを獲得し、2000年のシドニーオリンピックで5位に入賞した経歴があります。

2010年にモナコのアルベール大公と婚約し、その翌年に公妃としてモナコ王室に加わりました。

主な経歴

南アフリカ共和国を代表する競泳選手だったシャルレーヌ公妃には、ロイヤルレディとしては異色のアスリートとしての経歴があります。

2000年には南アフリカ代表チームでオリンピックに出場し、同国で最も成功した女性スイマーの一人となりました。

その後、彼女はモナコ公国の君主アルベール2世(アルベール大公)の結婚相手となり、2011年7月1日にモナコで結婚式を挙げました。

結婚後、シャルレーヌ公妃は国際スイミング連盟(FINA)の女子スイマーを支援するための財団を設立し、さまざまな慈善活動にも取り組んでいます。

また、彼女は自身がスイマーであった経験を活かし、水泳や体力を養うためのプログラムを開発して子どもたちを対象としたスクールプログラムも実施しています。

さらにシャルレーヌ公妃はファッションへの関心も高いです。

以前から愛用しているスイスのファッションブランド「アクリス」の創業100周年を祝うため、パリコレクションに突如姿を現し、周囲を驚かせたこともありました。

称号の名前

シャルレーヌ公妃の称号は、「Her Serene Highness The Princess of Monaco(平静平安なるモナコ公妃シャルレーヌ殿下)」です。この称号は結婚した際に与えられました。モナコ公妃とは、つまりモナコの公(君主)の妃という意味です。

英語でいえば「プリンセス」であり、英国王室やルクセンブルクなどの国では、王室の身分を持つ女性がプリンセスと呼ばれます。

シャルレーヌ公妃は、モナコ公国の君主であるアルベール2世の妻であるため、呼び方としては「シャルレーヌ・ド・モナコ」となります。

なお、彼女の元の名前はシャーリーン・リネット・ウィットストックです。競泳選手として活躍していた頃を知る人にとっては、こちらも馴染み深い名前といえるでしょう。

アルベール大公との関係性

アルベール大公とシャルレーヌ公妃が出会ったきっかけは、競泳の大会でした。大公が主催した競技会に、当時現役だったシャルレーヌ公妃が出場していたのです。

出場した種目は200m背泳で、この時彼女は金メダルを獲得しました。

2006年にはアルベール大公との交際が公になり、2人でトリノオリンピックを観戦している様子などが話題になりました。

実はアルベール大公もスポーツ能力が秀でており、過去には5回冬季オリンピックに出場するほどの実力者です。

スポーツという共通のものがあったからこそ2人は出会い、一般人と王族という違いを乗り越え、絆を深め合えたのかもしれません。

結婚した当時アルベール大公は53歳、シャルレーヌ公妃は33歳でした。3年後には2人の子供に恵まれ、家族4人で幸せなひとときを過ごしています。

子どもは双子

シャルレーヌ公妃が出産したのは女の子と男の子の双子でした。名前はガブリエラ公女とジャック公世子です。

彼らは、2014年12月10日にモナコで生まれました。先に生まれたのはガブリエラ公女ですが、モナコの伝統的な規則により、公位継承権は男子であるジャック公世子にあります。

シャルレーヌ公妃のSNSでは双子のツーショット写真が数多く公開され、国中で人気があり、多くの人から愛されています。

モナコ皇室の5つの事実

モナコ皇室は、千年以上の歴史を持つ伝統的なヨーロッパの皇室です。

1297年にグレゴリウス・ド・モナコが王室を創設し、その後モナコとフランスとの間で王室が移り変わったり、フランス領となったりしてきました。

1861年にはアルベール2世が皇帝となり、現在のモナコ公国を創立しました。

また、モナコ皇室は世界中で有名なフェスティバル「フェスティバル・デ・テレビジョン・デ・モナコ」を主催しており、さらにモナコグランプリなどの有名なレースも開催しています。

ここからはモナコ皇室の5つの事実についてご紹介します。

アルベール大公は世界が羨む大富豪であった

アルベール大公は世界で有名な大富豪の1人で、総資産は10億ドル(1,100億円)ともいわれています。

その資産のうちのひとつがソシエテ・デ・バン・ド・メールという企業の株です。その会社は世界的に有名なカジノを経営しています。

また、父のレーニエ大公からアンティークカーのコレクションを相続しているほか、モナコ国内だけでなくフランス・アメリカにも不動産を所有しています。

アメリカにも不動産を所有しているのは、母のグレース公妃の故郷であるからです。

そのような贅沢な生活スタイルから、世界のロイヤルファミリーと比較しても群を抜く大富豪といわれています。

結婚式に70億かけた

大富豪のアルベール大公に相応しく、シャルレーヌ公妃との結婚式では総額約7,000万ドル(70億円)になったといわれています。

式は3日間にかけて盛大に行われ、世界各国から王室や著名人たちが祝福に訪れました。

特に注目されたのはシャルレーヌ公妃の美しいドレスです。2万個のパールと3万個のゴールドストーン、そして4万個のスワロフスキーで飾られた豪華なウエディングドレスでした。

このドレスは価格だけではなく、2,500時間もの製作時間がかかったといわれています。

結婚式の経費が高すぎるということで一部批判の声はあったものの、国中が祝福ムードに包まれ、沿道にも多くの人々が駆けつけ祝福を送りました。

結婚式直前に新たな隠し子発覚

結婚式の直前、アルベール大公にに新たな隠し子がいることが発覚しました。

すでに大公が独身時代にできた2人の子どもは認知されていたため、発覚したのは3人目となります。

この事件はモナコで大きな話題となり、大公とシャルレーヌ公妃の結婚式は延期される事態に発展しました。

3人目の隠し子が事実かどうかは明らかになっていませんが、最終的に2人は危機を乗り越え、無事結婚しました。現在も夫婦として共に暮らしています。

なお、隠し子の1人目はアメリカ人の元ウェイトレスであるタマラ・ロトロとの間にできた娘ジャズミン・グレース、2人目はトーゴ出身である客室乗務員ニコル・コストとの間にできた息子アレクサンドルです。

娘のジャズミンは女優としてデビューし、アルベール大公と共にレセプションにも出席しています。

シャルレーヌ公妃はオリンピックを捨てて公妃になった

2000年のシドニーオリンピックに続いて、2008年に北京オリンピックの出場権を獲得していたシャルレーヌ公妃ですが、2006年には競技界を引退しました。

2006年はアルベール大公との交際が始まった年です。

このことから、彼女は公妃になるためオリンピック出場を辞めたと考えられていますが、このときすでに肩を故障していたといわれています。

オリンピックを捨てたのではなく、あきらめざるを得ない状況だったのです。

それでもスイマーとしてのキャリアを終えた後、シャルレーヌ公妃は水泳コーチとして慈善活動にも積極的に取り組みました。

また、2020年9月には自身が主催した水上バイクのレースに選手としても出場し、アスリートとしての健在ぶりを見せました。

競技界からは引退しても、彼女は公妃としてできる新たなステップを踏み出したといえるのかもしれません。

夫の長い独身生活がきっかけで法律を改正した

アルベール大公の独身生活が長かったことから、2002年にモナコの法律が改正されました。大公にこのまま子どもがいなければ、皇室の存続に関わる状況だったからです。

今までの法律では、君主直系の子孫でなければ公位を継承することはできませんでした。ちなみに以前から認知されていた2人の子どもは、法律上公位継承権はありませんでした。

改正した法律の内容は、大公に子どもがなければ兄弟姉妹が、その次には兄弟姉妹の子孫が公位を継続できるようになるものです。

つまりアルベール大公に子どもができなかったことを考慮し、君主の直系の子孫でなくても公位を継続できるようになったのです。

結局シャルレーヌ公妃との結婚・双子の誕生によって、改正された法律を今回適用する必要はなくなりました。

現在の健康状態は?

2021年にスイスの療養施設で静養していたシャルレーヌ公妃ですが、2022年3月には無事帰国し、公の場にも姿を見せ始めています

それまでは耳鼻咽喉科の病気から始まり、一時帰国はしたものの今度は心身疲労により療養が必要な状態でした。

復帰後のあるインタビューでは、「まだ完全に回復するまでは時間がかかるけれど、家族や愛する人々が心の支えになっている」旨を語っていました。

今後も時間をかけて、少しずつ回復に向かっていくと考えられています。

結婚式を逃亡した?

Embed from Getty Images

結婚式直前にアルベール大公の隠し子が発覚したことで、当時動揺したシャルレーヌ公妃が南アフリカに帰国しようとしたという報道が流れました。

事実ははっきりしていませんが、彼女が帰国しようとしたところを止められ、なんとか思いとどまったといわれています。

結婚式は一旦延期されたものの、最終的にアルベール大公とシャルレーヌ公妃は無事に結婚することができました。

結婚式はそれまでの不安を払拭するかのように盛大に執り行われ、隠し子や逃亡報道は自然と消え去っていきました。

その後、シャルレーヌ公妃はモナコ皇室を代表する王妃として、アルベール大公とともに活躍しています。

競泳選手として活躍していた

シャルレーヌ公妃は母の影響を受け、3歳の頃から水泳を学び始めました。8歳からは本格的に競泳を開始し、大学でも競泳を専攻しています。

その結果、彼女は数々の大会で優勝を果たし、競泳選手としての才能を発揮しました。

そのひとつが、1999年に開催された全アフリカ大会です。この大会で彼女は3つの金メダルと銀メダルを1つ獲得しています。

そして2000年には南アフリカ代表としてシドニーオリンピックに出場し、5位に入賞しました。

肩の故障で断念していますが2008年の北京オリンピックの出場権も獲得しており、その才能は高く評価されています。

王位継承はどうなる?

Embed from Getty Images

モナコ皇室の公位継承については、1641年のペロンヌ条約に規定されています。

条約によると、モナコ皇室の公位は男子優先の長子にあります。

そのため、シャルレーヌ公妃が出産した双子で長子にあたるのはガブリエラ公女ですが、男子優先のルールにより後から生まれたジャック公世子が公位を継承することになるのです。

シャルレーヌ公妃について詳しく知りたいときは

シャルレーヌ公妃について詳しく知りたいときには、次のような方法が考えられます。

  • 公式サイトや公式SNSアカウントを参照する
  • ニュースサイトや雑誌などで取り上げられた記事を読む
  • 関連書籍を読む
  • テレビ番組や映画などを見る

モナコ王室の公式サイトやシャルレーヌ公妃のSNSアカウントを参照することで、彼女に関する最新の情報や活動内容を確認できます。

また、ニュースサイトや雑誌などでも取り上げられることがあります。そのような記事から彼女に関するさまざまな情報が得られるでしょう。

特にサイトでは関連する記事が優先的に表示されるケースも多いため、より幅広く情報を得られる可能性が高いです。

さらに関連する書籍を読むことで、彼女の経歴や人物像をより深く理解できます。テレビ番組や映画が製作された際にチェックするのもおすすめです。

シャルレーヌ公妃は今後も引き続き世界中から注目される女性ですので、ぜひ今後も情報を集めてみてください。

(Visited 411 times, 1 visits today)
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
TOP