
皇族の1人である高円宮憲仁親王についてご存知でしょうか。憲仁親王殿下は国際交流やスポーツの振興など、様々な活動に尽力されていました。
本記事では、高円宮憲仁親王について経歴やご活躍の観点から詳しく紹介しています。
一読すれば、高円宮憲仁親王のさらなる魅力に気がつくことでしょう。興味を抱かれた方は、ぜひこの記事をチェックしてみてください。
高円宮憲仁親王とはどんな方?
Embed from Getty Images高円宮憲仁(たかまどのみやのりひと)親王は、日本の皇族の1人です。1954年にご誕生され、2002年に薨去されました。
スポーツに強い関心をもたれ、スポーツの振興・発展のために、様々な取り組みを行われたことで有名です。
高円宮憲仁親王の学歴・趣味

高円宮憲仁親王は、どのような生活を送られていたのでしょうか。学歴と趣味にフォーカスしてご紹介します。
学習院初等科・中等科・高等科
高円宮さまは、幼少期は東京都の松濤幼稚園に通園されていました。同幼稚園は、現在残されておりません。
ご卒園されると、学習院初等科にご入学されます。その後は、中等科・高等科に進学されました。
高円宮さまはスポーツ好きとして知られていますが、幼少時代はスポーツがお得意ではなかったようです。
スポーツに目覚めたきっかけは、学習院初等科で6年生のときに開催された水泳合宿でした。長距離水泳で2キロメートルを泳ぎ切り、苦手意識がなくなったそうです。
そこから高円宮さまは、スポーツを嗜まれるようになりました。学習院中等科にご在学時は、テニス・サッカーといったスポーツを始められたといいます。
学習院高等科では、ホッケー部に在籍していました。その当時にはインターハイに出場するなど、輝かしい実績を残されています。
写真部で撮影を趣味とする
高円宮さまは写真撮影もお好きだったようです。
学習院高等科ではホッケー部の他に写真部にも所属されています。撮影に熱中され、放課後夜遅くまで活動をされたこともあったそうです。
写真を始められたきっかけは、11歳の頃に母の三笠宮妃百合子さまよりカメラをプレゼントされたことでした。以降、写真の楽しさに魅了され、長年の趣味となったようです。
また、伝統工芸品である「根付」の収集も趣味とされました。スポーツだけでなく、文化的な趣味も嗜まれていたようです。
学習院大学卒業後の留学経験
高円宮さまは1978年、学習院大学法学部法学科をご卒業されました。同年、カナダのオンタリオ州のクイーンズ大学に留学されます。
クイーンズ大学を留学先に選ばれた理由は、英語の学習をするためであるとされています。在学時には、テニスも熱中して行われたそうです。
留学期間は当初2年間の予定でしたが、3年間に延長されます。皇族の留学期間は定められていることがほとんどであるため、期間の延長は異例のものでした。
高円宮さまは留学先で海外の文化を学ばれ、強い関心をもたれたといいます。帰国後には国際交流基金の嘱託社員として、公務の傍ら20年以上勤務されました。
高円宮憲仁親王の職歴
Embed from Getty Images高円宮憲仁親王が取り組まれたことは、公務だけではありません。ご自身が興味をもたれた団体などに所属され、様々な活動に打ち込まれました。
公務の傍ら国際交流基金の職員として勤務
国際交流基金とは、外務省所管の独立行政法人です。1972年に設立されました。
活動内容は、日本と海外の交流・相互理解を推進するというものです。文化や芸術を通した交流や、研究・調査・教育などを行っています。
高円宮さまはカナダへの留学をきっかけに、海外文化に強い関心を抱かれました。日本が海外と積極的に交流することを望み、国際交流基金の嘱託社員となられたそうです。
皇室としての公務に取り組まれる中、基金の職員としても積極的に働かれたといいます。
また、同団体のご活動だけでなく、他の団体でも国際交流を促進させるようなご活動をなさいました。例えば、学生の英語弁論大会などです。
社団法人日本水難救済会名誉総裁に就任
2001年には、社団法人水難救済会名誉総裁に就任されました。同会は全国各地に地方法人を抱え、様々な活動を行っています。
主に行っていることは、海の遭難者や船舶などを助けるボランティア活動です。救難所の支援などに取り組んでいます。
高円宮さまは、初代名誉総裁となられます。高円宮さまが薨去された後、2003年に憲仁親王妃久子殿下が2代目の名誉総裁となられました。
高円宮憲仁親王と久子さまとの出会い
Embed from Getty Images憲仁親王妃久子殿下は、1953年7月10日にご誕生されました。旧名は「鳥取久子」です。
日本でお生まれになりましたが、父の仕事の影響で渡米・渡英されます。大学は、ケンブリッジ大学にご入学されました。
久子さまが高円宮さまと出会ったのは、1984年のことです。4月23日、カナダ大使館で行われたレセプションパーティーにて、初対面となりました。
出会ってからお2人が結ばれるまで、それほど時間はかかりませんでした。同年5月にはプロポーズされ、9月17日に婚約である「納采の儀」が行われます。
12月6日、「婚礼の儀」が行われ、お2人はご結婚されました。同日、「高円宮」の宮号を昭和天皇より賜り、高円宮家が創設されます。
高円宮家は、戦後初めての三笠宮家の分家となりました。
高円宮憲仁親王のスポーツへの振興
Embed from Getty Images高円宮憲仁親王は、スポーツに関するご活動を熱心に行われたことで知られています。ご自身も様々なスポーツを楽しまれながら、振興を目指して活動されていました。
日本サッカー協会の名誉総裁

様々なスポーツに取り組まれていた高円宮さまですが、特に力を入れられたのはサッカーでした。1987年より、日本サッカー協会の名誉総裁に就任されています。
日本サッカー協会は、別名JFAとも呼ばれます。Jリーグなどのサッカー大会を管理し、サッカーの振興を目指している団体です。
高円宮さまは名誉総裁として、多くの活動に尽力されています。ワールドカップの開催や1993年のJリーグの開幕などに関与されました。
皇族である高円宮さまは、世界各国の要人と深いつながりをもっておられます。そのつながりから、国際的なサッカーの発展に寄与されました。
また、高円宮さまは何より「フェアプレー」を大切にされました。そのことを受け日本サッカー協会は1995年に「フェアプレー賞」を設けます。
高円宮さまがご逝去された今でも、殿下のサッカーを愛し発展を願う遺志は継承され、続いています。
各種スポーツの名誉総裁を兼務

高円宮さまは日本水難救済会・日本サッカー協会だけでなく、数多くの団体の名誉総裁を兼務されました。
スポーツを例に挙げると、日本ホッケー協会・日本スカッシュ協会・日本フェンシング協会・日本軟式野球連盟などです。
様々な団体で活動していたことから、高円宮さまがスポーツをいかに愛していたかが分かります。殿下の活動や思いは、現在も多くの人に引き継がれていることでしょう。
なお、スポーツだけでなく、日本アマチュアオーケストラ団体などの総裁も務められていたようです。
高円宮憲仁親王は「皇室(オク)のスポークスマン」を自認!


「スポークスマン」とは、団体を代表して意見を発表する人・代弁者のことを表します。高円宮憲仁親王は、ご自身のことを「皇室のスポークスマン」だとおっしゃられていました。
それは、高円宮さまの皇位継承順位による認識でした。当時の高円宮さまは、皇室の中で最も皇位継承順位が低い状態であったのです。
加えて、生家で三男としてお生まれになったことも要因となっています。皇室の中でそのような立場であったことから、皇室の活動や見解について伝えることをこなされたのです。
高円宮憲仁親王の家系
Embed from Getty Images高円宮憲仁親王は、三笠宮家初代当主の崇仁親王の元にお生まれになりました。兄弟や親類など様々な皇族の方に囲まれて育たれます。
三笠宮崇仁親王の三男
高円宮憲仁親王は、1954年12月29日にご誕生されます。父は三笠宮崇仁(たかひと)親王、母は同妃百合子さまです。
崇仁親王殿下は、大正天皇と貞明皇后の第4皇男子としてお生まれになりました。1935年の成年式にて、「三笠宮」の宮号を賜りました。
1941年に百合子さまとご結婚されます。百合子さまとの間には、3人の男児と2人の女児をもうけられました。
高円宮さまは第5子で、三男にあたります。
寬仁親王・桂宮宜仁親王を兄に持つ
高円宮さまには、2人の兄がおられます。寛仁(ともひと)親王殿下と、桂宮宜仁(かつらのみやよしひと)親王殿下です。
寛仁親王殿下は第2子、そして第1男子としてお生まれになりました。1946年1月5日のことでした。
1972年11月7日に信子さまとご結婚され、2人の子供をもうけられました。2012年6月6日、66歳でこの世を去られています。
桂宮宜仁親王殿下は1948年2月11日にご誕生されました。第3子で第2男子にあたります。
ご結婚はされず、1988年1月1日に昭和天皇より「桂宮」の宮号を賜りました。歴史上初めて、独身で宮家を創設した皇族となりました。
2014年6月8日、66歳でご逝去されました。墓所は、寛仁親王と高円宮憲仁親王の墓所と並んで建立されています。
昭和天皇が叔父・大正天皇が祖父にあたる
高円宮憲仁親王の父である三笠宮崇仁親王は、大正天皇の子供にあたります。そのため、高円宮さまは大正天皇を祖父にもつことになりました。
また、崇仁親王殿下の兄は昭和天皇です。つまり、高円宮さまにとっては叔父にあたります。
現在の皇室でいえば、上皇陛下は従兄弟となります。
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皇族は、日本国内で重要な役割を果たされています。例えば、高円宮憲仁親王は海外との交流や様々なスポーツを振興されました。
今後の皇族においても、様々なご活躍をされることが期待されています。皇室の活動には、注目しておきたいところです。
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