サウジアラビア王国の国王についてご存じでしょうか。国王の資産額や来日について、日本で話題になったことを覚えている方もいるでしょう。
本記事では、サウジアラビア国王について詳しく解説していきます。本記事を読むことで、国王についての理解が深まり、今後の外交などに注目できるようになるでしょう。
サウジアラビア国王のことが知りたいと思った方はぜひチェックして、知識を身につけてください。
サウジアラビアはどんな国?

サウジアラビアの国王について紹介する前に、まずはサウジアラビア王国について紹介しましょう。
サウジアラビア王国は、中東のアラビア半島の大部分を占める国です。面積はおよそ215万平方kmで、日本の面積のおよそ5.7倍に及びます。
その広い面積の内、大部分が砂漠です。そのような厳しい環境下でも、3,500万人以上の国民が暮らしています。
世界有数の産油国

サウジアラビア王国は、世界有数の産油国として有名です。原油の埋蔵量・石油の輸出量も共に世界トップクラスの国となっています。
サウジアラビアで産出された石油は、世界各国に輸出されています。主に輸出を行っているのは、中国・インド・日本などです。
多くの国に輸出を行っていることから、サウジアラビアは石油に関して国際的に大きな注目を集めています。
また、サウジアラビアは経済の大部分を石油に依存しています。財政収入のおよそ8割が石油の輸出によるものといわれるほどです。
イスラム圏でとくに戒律が厳しい

サウジアラビア王国は、イスラム教の信仰者が多い国としても知られています。それは、国教としてイスラム教ワッハーブ派が定められているためです。
国教であるため、国民は他の宗教を信仰することはできません。サウジアラビアに国籍を移す場合、改宗をすることが必要です。
イスラム教ワッハーブ派の戒律は、とくに厳しいといわれます。国民は飲酒・肉食の禁止や女性の露出など、戒律に従った生活を送っているようです。
また、サウジアラビアにはイスラム教の2大聖地であるメッカとメディナがあります。そのため、巡礼を目的として他国からも多数のイスラム教徒が訪れます。
サウジアラビアの歴代国王を知りたい!

サウジアラビア王国は絶対君主制の国で、1932年に成立してから国王が政治を行うことで発展してきました。国王はアラビア語で「マリク」とも呼ばれます。
1932年から現在に至るまで、国王は第7代まで継承されています。国王は全員サウード家の出身です。
それぞれの国王について、詳しく見ていきましょう。
第1代国王
最初の国王はアブドゥルアズィーズ・イブン・サウードです。アブドゥルアズィーズ1世とも呼ばれます。
初代国王がサウジアラビアを建国したのは、1932年です。それまで国王が統治していたヒジャーズ・ナジュド王国などを統合し、サウジアラビア王国に改名しました。
初代国王の治世では、アメリカ合衆国との関係が深められました。アメリカの協力の下、油田開発なども積極的に行われたそうです。
また、イスラム教ワッハーブ派を国教に定めたのも初代国王です。
初代国王は、1953年11月に崩御します。
第2代国王
第2代国王は、サウード・ビン・アブドゥルアズィーズ・アール・サウードです。先代国王の次男として誕生し、国王として父の後を継ぎました。
1953年11月、国王に即位すると、サウード1世と呼ばれるようになりました。
しかし、即位からおよそ11年後の1964年11月、体調不良により退位します。そのおよそ4年後の1969年2月、療養先で亡くなりました。
第3代国王
先代国王が体調不良によって退位した後、弟のファイサル・ビン・アブドゥルアズィーズ・アール・サウードが即位します。第3代国王は、ファイサル国王と呼ばれました。
第3代国王は初代国王の三男として誕生します。国王に即位する前は、首相として政治を行っていました。
1964年11月に国王に即位すると、様々な改革を行いました。例えば、テレビ放送を開始したり、女性に教育を受ける権利を与えたりなどです。
また、第3代国王の治世である1973年には、石油危機が起きました。第四次中東戦争の影響でサウジアラビアの石油がほとんど輸出されず、世界各国で深刻な石油不足になりました。
第3代国王は、暗殺によって崩御します。暗殺を行ったのは、甥にあたるムサーイド王子です。国王は射殺され、1975年3月にこの世を去りました。
第4代国王
第4代国王に即位したのは、先代国王の弟のハーリド・ビン・アブドゥルアズィーズ・アール・サウードです。1975年3月に即位しました。
第4代国王の治世では、サウジアラビアは経済成長を遂げています。また、教育や医療も発展し、サウジアラビアの成長に貢献したといわれています。
第4代国王は、心臓発作のため1982年6月に崩御しました。
第5代国王
第5代国王は、ファハド・ビン・アブドゥルアズィーズ・アール・サウードです。初代国王の息子で、1923年に誕生しました。
第5代国王が即位したのは1982年6月です。1980年代・1990年代のアラブ諸国では、数々の戦争が勃発していました。
戦争に関して東側諸国との外交を進めた結果、アメリカとの関係が以前に比べて薄れることとなりました。
2005年8月、第5代国王は崩御することとなります。
第6代国王
第6代国王は、アブドゥッラー・ビン・アブドゥルアズィーズ・アール=サウードです。日本ではアブドラ国王と呼ばれることが多いです。
初代国王の息子で、国王に即位する前は副首相として政治を行っていました。先代国王の崩御後、2005年8月に即位しました。
第6代国王は、外交において様々な活動を行っています。例えば、イスラエルとの和平に向けた交渉・アメリカとの外交などです。
国内の政治も積極的に行いましたが、2015年1月に崩御します。
現在の国王は第7代サルマーン陛下
Embed from Getty Images現在のサウジアラビアは、第7代の国王であるサルマーン・ビン・アブドゥルアズィーズ・アール=サウードが統治しています。2015年1月に即位しました。
第7代国王は、サルマーン陛下とも呼ばれます。初代国王の25番目の息子です。
即位後は、国王兼首相として様々な政治を行いました。しかし、2022年9月に息子であるムハンマドを首相に任命し、自らは首相の座を去りました。
サウジアラビアでは法律で国王が首相を兼任すると定められているため、例外措置として息子を首相に任命したと伝えられています。
2017年の来日が話題に

サウジアラビア国王は、1971年以来およそ46年ぶりの2017年に来日を果たしました。
来日の目的は、石油に依存した経済の改善です。さらなる経済発展を目指し、日本にも協力を求めるために外交が行われました。
来日が話題となったのは、久方ぶりの来日となったからというだけの理由ではありません。まず目を引いたのは、日本を訪れた人数です。
国王は、王族などを来日に同行させ、およそ1000人以上の大規模な団体で訪れました。空港には多数の飛行機が止まり、注目を集めました。
また、民族衣装も話題になった要因の1つです。他の国ではスーツなどを着用していることが多い中、国王は民族衣装で来日を行いました。
これらの要素が人々の目を引き、当時は日本国内で国王の来日が大きな話題となりました。
サルマーン国王の資産がすごい!

サウジアラビアの国王は、多額の資産をもつことでも知られています。国王は石油会社を運営しており、そこで得た利益が資産となるためです。
国王が資産をもつことで有名になったのは、先代のアブドラ国王のときです。2010年に発表された国家元首のお金持ちランキングで、国王は4位となりました。
その際に発表された資産額は、推定180億ドルです。これは1国の国家予算にあたるほどの膨大な資産額です。
なお、サルマーン国王の資産は発表されていません。しかし、先代の国王が莫大な資産をもっていたことから、サルマーン国王も多額の資産をもつのではないかと予想されます。
サルマーン国王の家族は?

サウジアラビアは一夫多妻制で、最大4人の妻を娶ることが可能です。初代国王は多数の女性と関係をもち、89人の子供がいたとされています。
その結果、現在に至るまで初代国王の子供が王位を継承することとなっています。
それでは、サルマーン国王の家族は何人いるのでしょうか。詳しく見ていきましょう。
妻
サルマーン国王はこれまで、3人の妻を娶りました。最初の妻であるスルターナは、国王が王子のときに亡くなります。
続いてサーラ王妃と結婚し、その後にファハド王妃と結婚しました。3人の妻との間には、それぞれ子供が生まれています。
子供
サルマーン国王には、現在6人の息子がいます。スルターナとの間には、5人の息子が誕生しました。
しかし、現在存命しているのは3人だけです。
サーラ王妃との間には、1人の息子が誕生しています。現在も王族の一員として活動しているようです。
ファハド王妃との間には、2人の息子が生まれました。ムハンマドは王太子に任命され、ハーリド王子は駐米大使として活躍しています。
未来の国王・サウジアラビアの王太子はどんな人?

現在のサウジアラビアの王太子は、ムハンマド・ビン・サルマーン・アール=サウードという人物です。現国王の息子で、首相として政治を行っています。
王太子は王子時代から、国王の活動に深く関わってきました。特に外交においては国王に代わり、様々な国と関係を深めています。
王太子となってからは、経済活動の発展に尽力しているようです。石油に依存しない経済を目指し、各国との外交や内政の改革を行っています。
サウジアラビアの王族はどんな生活をしている?

サウジアラビアの王族は莫大な資産を有していることから、豪華な生活を送っているといわれます。
例えば、1000人以上の王族で3週間のバカンスを楽しんだこともあるそうです。クルーズや豪華な食事などで多額のお金を使ったとみられています。
また、遊園地やデパートの貸切が行われたこともありました。莫大な資産をもつ王族だからこそできる楽しみ方です。
普段の生活においても、高額な買い物をしたり、エステティシャンを王宮に招いたりと、きらびやかな生活を送っているそうです。
世界の王室にもっと詳しくなろう!

サウジアラビアだけでなく、世界には様々な王室があります。各国に違った特徴があり、独自の政治や公務などを行っています。
王室は非常に魅力的な存在です。1つの国の王室を知ると、他の国の王室についても知りたくなるでしょう。
サウジアラビアの王室に興味をもった方は、ぜひ他の国の王室も調べてみてください。サウジアラビアとは異なった魅力と出会えるでしょう。
当サイトでは、世界各国の王室について紹介しています。ぜひ他の記事も一読して、世界の王室についての知識を深めてみてください。